<ねぇゴローちゃん!腹話術師の旅日記>「1カ月ぶりに笑ったよ」 震災直後、宮城の避難所で上演

2021年3月5日 07時14分

2011年4月、宮城県亘理町の避難所でゴローちゃんの手を握った女性(右)(しろたにさん提供)

 次の上演場所へと向かう車窓からの光景に、レンタカーに同乗した誰もが言葉を失っていました。東日本大震災から約一カ月後の二〇一一年四月、宮城県名取市と岩沼市、亘理(わたり)町、山元町にある四カ所の避難所を訪れて義援金を渡し、激励公演を行ったのです。
 これに先立ち、川崎市内で文化活動を行う団体・個人でつくる「川崎文化会議」が、JR川崎駅前で激励公演の資金カンパを募りました。寄せられたのは、二時間で四十三万円にも。外国人の女性は「応援したい」と片言の日本語で語って、協力してくれました。
 公演は、腹話術のほか、しの笛やフルートの演奏、皿回し、バルーン(風船)など五人編成。事前に承諾を得られた避難所を訪れると、施設の片隅に上演コーナーを設けて、いすを並べてくれていました。
 亘理町の避難所では三十席くらいあった観客席はがらがら。それどころではないんだろうと理解しつつも、本音を言うとしょげていましたが、上演後、体育館のあちこちで立ち上がり、拍手してくれたのです。びっくりしました。
 どうやら上演する声や音が、施設内のスピーカーから流れていたようです。私たちは、毛布にくるまっている人や横になって休んでいる人たちに、お礼を言って回りました。
 八十歳すぎくらいでしょうか、ある女性は人形のゴローちゃんの手を握って離しません。そして、こう言いました。「ありがとう。一カ月ぶりに笑ったよ」。少しでも励ましたくて訪れた私たちの方が、「来てよかった」と励まされた心持ちでした。
 私はその後も腹話術の仲間と東北の被災地を回り、百二カ所で激励公演をやりました。あの日から十年が経ち、見た目の復興は進みましたが、コロナ禍で私たちが訪れることも、触れ合いも自粛せざるをえない中、被災地の今が気がかりなのです。(しろたにまもる=寄稿)

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