<ふくしまの10年・もう一度 弾きたい>(4)調律師の優しい音
2021年3月5日 08時12分
ピアノを弾くことで生きる力を取り戻した福島県いわき市の高橋咲栄(さきえ)さん(44)。初めての演奏会で弾いたのは、津波で水没し修復でよみがえった楽器だった。
「奇跡のピアノ」と呼ばれる。市内でピアノ店を経営する遠藤洋(ひろし)さん(62)が再生させた。
遠藤さんは、高校卒業後に調律師の勉強を始めた。かつて勤めた店では、一日に三台の調律のノルマがあった。一カ月に二十日間働くと、計六十台になる。
「でも楽器には一台一台個性があって、一律には行かないんだよ。掛け算でできるわけがない」
納得いくまで手を掛けられる店は、三十七歳で独立して実現した。
市立豊間(とよま)中学校のピアノが津波で水没したことは、震災直後の二〇一一年三月に知った。しばらくして見に行くと、体育館は壁材がはがれ、ピアノは横転して中に土砂がたまっている。鍵盤を押すと、カタカタと悲しい音がした。
「これは直らないな」
しかし、気になってもう一度行った。ピアノの側面に書かれた寄贈者の名前に心打たれた。見ず知らずの人だが、地域の子どもたちへの善意がこもっている。遠藤さんの孫も、豊間中の生徒だった。
「直せるか分からないが、やるだけやってみたい」と学校側に申し出た。
水に漬かったピアノの修理マニュアルなどない。ホースの水で土砂を落とし、海水で浸透した塩分を除去する薬剤を試した。使えない部品も多く、方々から取り寄せた。
四カ月後、ピアノは蘇生した。以来、復興へ向けた歩みの象徴として国内外で演奏され、普段はいわき震災伝承みらい館で公開されている。
「弾いた人がね、優しい音だと言ってくれるんだ」。遠藤さんが頬を緩めた。
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