<ふくしまの10年・もう一度 弾きたい>(5)「家族」が帰ってきた

2021年3月6日 08時02分

水害に遭い、修復したピアノを弾く鈴木智子さんと娘たち=福島県いわき市で(鈴木智子さん提供)

 ピアノは存在感のある楽器だ。車や家電のように買い替えることも少ないから、弾けば愛着が湧き、思い出が蓄積されていく。
 東日本大震災から八年後の二〇一九年十月、日本列島を台風19号が襲った。福島県いわき市でも川の堤防決壊が相次ぎ、調律師遠藤洋(ひろし)さん(62)のピアノ店に顧客からの電話が殺到した。
 「ピアノが水につかってしまった。どうすれば…」
 遠藤さんが震災の津波の際、修復して救った一台は「奇跡のピアノ」と呼ばれ、地域の心の支えになっている。しかし、水没した他の多くのピアノが災害廃棄物になるのを見捨てた悔いが残る。
 今回は可能な限り直そうと、約六十台を引き受けた。一番状態がひどかったのは、市内の鈴木智子(さとこ)さん(40)のピアノ。てっぺんまで水につかり、鍵盤は押しても動かない。
 鈴木さんが五歳の時、買ってもらったという。団地住まいの両親が、少しずつお金を積み立てた。二人とも、鈴木さんの演奏を聴くのが大好きだったそうだ。
 鈴木さんが結婚後に実家からピアノを引き取ると、今度は娘二人が弾き始めた。両親から授かった愛情が娘たちにも伝わるだろう。
 「直せるものなら直してください。ダメでも、思い出として残したい」。こんな依頼に、遠藤さんは「全力でやります」と応じた。
 水没後の修理など、遠藤さんは震災まで考えたことがなかった。その人の幸せの象徴であるピアノを預かり、不可能と思えた再生に挑むことで、遠藤さん自身が勇気を得ているという。
 修復を終えたピアノが自宅に戻ったのは約五カ月後。鈴木さんは「家族が帰ってきたみたいだ」と思った。泥水で汚れた物は全て買い替えた。「でも、このピアノだけはお金で買えない。これからも大切に弾き続けます」 =おわり
 (臼井康兆が担当しました)
 ◇新シリーズを9日から始めます。ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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