名作損なわず独自色に 『小説 火の鳥 大地編』 作家・桜庭一樹(さくらば・かずき)さん(49)

2021年3月7日 07時00分
 人類史を壮大なスケールで描いた漫画家手塚治虫さん(一九二八〜八九年)の代表作『火の鳥』。遺(のこ)された「大地編」の構想から想像の翼を広げ、太平洋戦争へ進む日本と翻弄(ほんろう)される人々を描く長編小説に仕上げた。「一人ではできないような、大きな物語ができたと思う」とほほ笑む。
 一九三八年、上海。大日本帝国の軍人間久部緑郎(まくべろくろう)は幻の「火の鳥」を探す密命を受け、タクラマカン砂漠へ向かう。緑郎(=ロック)や猿田博士といった手塚作品の名物キャラクターと、清朝末期の王女・川島芳子ら実在の人物が入り乱れる群像劇だ。
 二〇一八年秋、新聞小説の企画として執筆を打診された。「最初はすごくびっくりして、一日かけて考えた」。愛読する「漫画の神様」の名作から新たな物語を紡ぐ大役。引き受けた理由の一つは、原稿用紙二枚強の構想に書かれた<昭和十三年(一九三八年)一月 日中戦争の勝利に沸く上海>という設定だ。
 日中戦争を経て日本が太平洋戦争の敗戦に至る時代は、自身の小説に書いていなかった。「自分が十代の頃と違い、今は多様な歴史観があり、歴史を修正する力も働いている。本当の歴史とは何か、読者が考えるきっかけになるのでは」
 キャラクターを文章で表現するために、漫画をあらためて読み込み、理解を深めた。「例えばロックは悪いやつだけど、一本筋が通っていて、決める時は格好良いスター」。媒体は違っても、手塚作品らしさが感じられるよう心がけた。
 ストーリーはほとんどが桜庭さんの創作だ。火の鳥の不思議な力を日本や自分の欲望のために役立てようと、登場人物たちは争い、葛藤する。特に中盤、ある人物が懊悩(おうのう)に満ちた半生を明かす章は、桜庭さんらしさが色濃い。個人の歩みと歴史の流れが結びつく語り口は、旧家の盛衰と戦後史を描き日本推理作家協会賞を受けた『赤朽葉(あかくちば)家の伝説』を彷彿(ほうふつ)とさせる。「手塚先生らしさを考えながら、自分がすごく出た」
 執筆中、世界を覆ったコロナ禍と、資料で理解を深めた戦時中が重なった。政府の上層部は現実を見ず、現場にしわ寄せがいく。「日本の近代史として、繰り返し繰り返し、考える必要がある時代」との思いを強くした。読者にも伝わるよう、願っている。
 朝日新聞出版・(上)一七六〇円、(下)一八七〇円。 (谷口大河)

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