<東日本大震災から10年 つながるつなげる>南相馬出身・杉原芳枝さん 福島再生、藤沢から支える 

2021年3月7日 07時27分

「応援してくれる声に本当に感謝している」と語る杉原さん=藤沢市で

 「早かった。もう十年たつんだ」。福島県南相馬市出身の杉原芳枝さんはそう振り返る。今、藤沢市の藤沢商工会館で東北地方の物産品を販売する「東北復興応援プラザ」のスタッフとして働く杉原さん。自ら商品探しに出向き、地元の復興に役立ちたいと奮闘している。 (吉岡潤)
 二〇一一年三月十一日。南相馬市の介護施設に勤めていたときに東日本大震災が起きた。施設利用者の安全確保が最優先だった。その後、家族とともに福島県内で場所を変えながら避難生活を送った。
 ある日、藤沢市が住居の提供とともに就職を支援するという新聞記事に目がとまった。同年七月、家族六人で移り住んだ。杉原さんは翌月、東北の物産品を扱うアンテナショップ「岩手・宮城・福島観光物産プラザ」で働き始めた。
 このショップは藤沢市が被災者を雇い、東北三県の事業者の販路を確保する目的で開いた。運営を委託された藤沢商工会議所がネットワークを生かして商品をそろえた。
 売り場に立ってみると厳しい現実も目の当たりにした。原発事故の影響で「福島の商品と分かると、そっと置かれた」。そんな光景を何度も目にした。その一方で「大変ですね」「買うことで応援します」と掛けてくれる声が温かく、励みになった。
 一四年三月、県の補助終了に伴い閉店すると、市民から「残念」「また開いて」と声が上がった。被災地の事業者からの要望もあり、藤沢商工会議所が一五年五月、自主事業で復活させた。「うれしかった」。杉原さんの心は躍った。
 再開後、自ら商品探しにも精を出すようになった。福島で見つけて「これは」と感じると、商工会議所と話し合い、ワゴンに並べる。以前のように福島の商品だからと敬遠されることもなくなった。
 東日本大震災以降も国内各地で災害が続く。一六年四月、熊本地震が起きたときに「まだ福島の支援をやっているの」という声が耳に入った。それだけに「この仕事を長くやらせていただいて、すごく感謝している」と実感を込める。
 福島県内には帰還困難区域も残る。「形としては復興しつつあると思うけど、まだまだ。私自身は今、戻りたいかと聞かれると、判断がつかない」という。
 先月、福島県と宮城県を震度6強の地震が襲い、藤沢も揺れた。「十年前を思い出した人もいると思う。あのときのことを忘れないでほしい。誰だって、これから先、いつ何が起きるか分からないのだから」

関連キーワード

PR情報

神奈川の新着

記事一覧