<あの日から 東日本大震災10年>双葉町との交流、後世に 加須の避難施設・旧騎西高校に記念碑

2021年3月7日 07時46分

双葉町の避難所だった旧騎西高校の正面玄関前に設置されたモニュメント=加須市で

 東京電力福島第一原発事故で、福島県双葉町の避難施設となった加須市の旧騎西高校で六日、震災から十年となるのに合わせて記念碑が設置され、除幕式が行われた。 (寺本康弘)
 震災の記憶を風化させず、加須市と双葉町の交流を将来に向けて発展させていこうと市が設置。碑は白御影石で作られ、高さ二メートル、「希望」という字が刻まれている。双葉町から避難し加須市で暮らす書道家渡部翠峰(わたなべすいほう)さん(78)が揮毫(きごう)した。
 式には約百二十人が出席。震災の犠牲者を悼んで黙とうした後、大橋良一市長や双葉町の徳永修宏副町長らが除幕した。
 大橋市長は「市民の防災意識の醸成をはかり、双葉町との交流を後世に伝えていくことを願い設置した。多くの皆さまに見てもらいたい」とあいさつ。
 徳永副町長は伊沢史朗町長のあいさつを代読。十年前の旧騎西高校への避難時を振り返り、「加須市の皆さんが『心からお待ちしておりました』という横断幕を掲げ、笑顔で迎えてくださり、安堵(あんど)とうれしさで涙があふれたことを思い出します。今後加須市と友好の絆を一層強くしていきたい」とメッセージを送った。
 騎西高校で二年半の避難生活をした渡部さんは子どもたちにボランティアで書道を教えたことが思い出されるという。「希望という言葉は良い言葉だと思う。前を向いて進んでいきたい」と話した。
 双葉町は原発事故により県外避難を決め、さいたまスーパーアリーナ(さいたま市)をへて、二〇一一年三月三十日に旧騎西高校に移った。多い時で約千四百人が生活し、二年九カ月後の一三年末に全員が退去した。現在は福島県いわき市に役場機能を置く。加須市内には今も双葉町の避難者三百八十四人が暮らしている。

関連キーワード

PR情報

埼玉の新着

記事一覧