【動画あり】カレンダーは「3月11日」 時が止まった双葉町役場を訪ねた<あの日から・福島原発事故10年>

2021年3月9日 06時00分

双葉町役場の正面玄関前には雑草が茂っていた

 東京電力福島第一原発事故から10年となる今も、原発がある福島県双葉町は誰も住めない。2020年3月以降、JR双葉駅周辺などは自由に行き来できるようになったが、町役場は事故翌日から閉鎖されたまま。時が止まったかのような役場内に入った。(福岡範行)

◆ネズミが食べた跡、ぼろぼろの傘

町役場内に残ったコンビニ弁当の容器。賞味期限が「3月13日」と印字されている

 4階建ての庁舎内は暗く、静かだった。「一人でいると気持ち悪いですよ。無音って」。同行した町職員橋本靖治さん(47)が漏らす。町の許可を得て、昨年12月18日に取材した。
 通用口には、ぼろぼろに破れた傘。通信機械室には、避難者に出されたコンビニ弁当の空容器が重なって置かれていた。汚れてはいるが、臭いが全くしない。
 原子力対策室があった企画課では、机の引き出しのあめをネズミが食べた跡があり、ソファの上にはふんが転がっている。

◆「計器の故障」疑い続け…

 「放射線上昇」「作業員1名『呼吸なし脈なし』」。廊下のボードに、福島第一、第二原発の状況を書き留めた紙が貼られていた。これは複製で、原本は別の場所に保存されている。
 2011年3月12日午前1時5分。福島第一1号機の状況で「格納容器圧力異常上昇」と書かれ、「計器の故障の有無検証中」と続く。核燃料が露出した恐れがある状況でもなお、計器の故障を疑っていた。

双葉町役場内に残る、地震発生後の福島第一、第二原発の状況が書かれた模造紙のレプリカ。「放射線上昇」、「格納容器圧力異常上昇」などの文字が記されている

 「爆発なんて万に一つもないものと思っていました。良い方に間違ってくれないかなと…」。企画課長として最後まで役場に残った武内裕美さん(67)は明かす。国や東電が説明してきた通りに多重防護が機能し、事故に至らないと信じた。

◆「自分も安全神話につかっていた」

 3月12日午後3時36分、武内さんは1号機の水素爆発を役場駐車場で見た。「ドドーンと腹に響くような音だった」。森の向こうで煙が高く上がった。

町役場内の記入台。カレンダーは「3月11日」のままだった

 支援に来ていた自衛隊員数十人と庁舎内に1時間ほど避難し、今後の対応を考えた。防災訓練で経験していたのは、原発が安全に停止する想定ばかりだった。
 「頭の隅では2、3日で町に戻るんじゃないかと思っていた」。予測は完全に外れた。「自分も安全神話につかっていた」

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