<あの日から 東日本大震災10年>避難の悩みに寄り添う SSNメンバーの臨床心理士・萩原裕子さん(49)

2021年3月9日 07時23分

東日本大震災の避難者向け無料相談の電話を受ける萩原さん=さいたま市浦和区で

 さいたま市を拠点に、東日本大震災の被災地からの避難者を支援している「震災支援ネットワーク埼玉(SSN)」。メンバーで臨床心理士の萩原裕子さん(49)=同市=は避難者の悩みに耳を傾け、東京電力福島第一原発の事故で住む土地を奪われた不条理さと無念さに寄り添い続けている。 (寺本康弘)
 「はい、なんでも相談ダイヤルです。どうされましたか」。今月六日、東日本大震災の避難者向けにSSNが実施した無料電話相談の会場で、受話器をとる萩原さんの姿があった。「お話を聞かせていただいてもよろしいですか」。常に優しく穏やかな口調で、相手が話しやすい雰囲気をつくっていた。
 萩原さんは普段、埼玉医科大(毛呂山町)で患者のカウンセリングをしている。支援に携わるようになったのは十年前、県の臨床心理士会からの要請がきっかけだった。多くの避難者がいたさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)で足湯のボランティアに交じり、声かけや相談の受け付けから始めた。その後も仕事のかたわら避難者交流会の運営を手伝ったり、相談希望者に電話して悩みを聞いたりしてきた。
 「福島から来たことを周囲に言えない。誰にもつらさを話せない」と萩原さんにだけ悩みを打ち明ける人。「帰りたいけれど、今あるのはもうあの時の故郷じゃない。帰れない」と原発事故による故郷の変わりように失望する人。夫に先立たれてつらさを分かち合える人がいなくなり、寂しさを訴える人もいる。震災から十年がたち、避難者の置かれた状況や心境はそれぞれ違う。
 また、支援を通じた実感から、萩原さんは「多くの人がこの十年、何一つ納得して選択したことはない」と言い切る。原発事故からの避難や、避難指示の解除に伴う帰還など、どこに住むか、帰るか、帰らないか。避難者は常に、行政などから一方的に期限を決められて選択を迫られた。せめて相談の場ではそうした決断をさせたくない。大切にするのは「その方のペースでゆっくり進むのを手伝う」という心がけだ。
 活動を続ける中で、相談者が多い福島について詳しくなったという。おいしい魚や釣り方、森が豊かだから水がおいしいこと。すべて相談を受けた人に教えてもらった。「福島の人がどれだけ故郷を大切にしているか、愛しているか」が伝わってきた。
 だからこそ、避難者たちが直面する不条理に自分が何ができるか、「必死に考えてきた」という。「起こってしまったことは変えられないが、これからもその時々のつらさを受け取りながら寄り添えたら」。避難者とつながり続け、その心に向き合っていく。

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