<東海第二原発の10年>(下)うねり 絶やさぬ原電前デモの火

2021年3月10日 07時13分

傘を差しながら「東海第二は再稼働させないという声を広げてほしい」と訴える川澄敏雄さん=水戸市で

 五日の金曜午後六時すぎ、東海第二原発(東海村)の再稼働を目指す日本原子力発電(原電)の茨城事務所が入る水戸市笠原町の県開発公社ビル前。降りしきる雨の下、約二十人が「東海第二再稼働反対」「原発いらない」とシュプレヒコールを上げた。
 毎週金曜に再稼働反対を訴える「金曜デモ」は、新型コロナウイルス感染の第三波が猛威を振るう中、一月八日を最後に中断していたが、この日、二カ月ぶりに再開した。デモは通算三百九十四回を数えた。中心メンバーの川澄敏雄さん(72)=茨城町=は「八年半も続くとは思わなかった」と感慨深げに語る。

■ツイッター

 川澄さんは原発メーカーの日立製作所で長年、水力発電所や変電所のコンピューターシステム開発に従事。東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)臨界事故(一九九九年)を通して原子力の危険性は認識していたが、「福島のような事故が起きるとは思わなかった。原発に直接関わっていないが、電力に携わった立場として後ろめたさはある」と悔やむ。
 広範な放射能汚染を引き起こした東京電力福島第一原発事故をきっかけに、各地で脱原発運動が盛り上がった。事故から一年後の二〇一二年三月には、首相官邸前で「金曜デモ」がスタートした。
 川澄さんによると、定年退職後に始めたツイッターでやりとりした人から「水戸でも金曜デモをやりませんか」と提案された。それまで脱原発運動とは無縁だったが、「東海第二が立地する茨城でも再稼働を止める取り組みが必要」と開催を決意した。

■参加者100人

 初の原電前デモは、官邸前から遅れること約四カ月の七月二十日。ツイッターや口コミでの呼び掛けに応じた約六十人が集結。参加者たちは約一時間半、声を張り上げた。
 回を重ねるごとに規模が拡大し、多い時は百人以上に膨れあがった。赤ちゃん連れの母親の姿もあった。川澄さんは「脱原発の大きなうねりを感じた」と振り返る。
 だが、寒さが厳しくなるにつれ、参加者は徐々に減っていった。春が訪れても増えない。気が付けば、顔なじみばかりになっていた。
 とはいえ、川澄さんは「金曜デモはこの地域の脱原発のシンボル。再稼働反対を可視化するのは大事だ」と力を込める。全国的にも脱原発運動は下火になっているが、「いざとなったら起き上がってくれるだろう」と期待する。

■よりどころ

 実際、再稼働反対を求める県民の声は根強い。一七年の知事選時に共同通信が実施した県民対象の電話調査では、再稼働反対(64・6%)が賛成(28・7%)を大きく上回った。東海村でさえも、本紙が昨年の村議選時に有権者百五十人に聞いたところ、反対(52・7%)が賛成(40・7%)より多かった。
 東海第二の再稼働の賛否を問う県民投票条例の制定を知事に直接請求する活動では、請求代表者から委任を受けた「受任者」の三千五百五十五人が県内を東奔西走し、法定必要数の一・七八倍に当たる八万六千七百三筆の署名を集めた。条例案は昨年六月に県議会で否決されたものの、川澄さんは「『県民が再稼働の賛否を決めるべきだ』という世論の大きさを示した」と意義を強調する。
 官邸前デモは今月末で休止するが、原電前デモは、東海第二の廃炉が実現するまで継続するつもりだ。「再稼働に反対する人にとっては『金曜にここへ行けば、必ずやっている』という心のよりどころになる。この火は絶やしたくない」 (松村真一郎)

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