廃炉の道は長く、険しく 写真で振り返る福島第一原発事故10年

2021年3月10日 14時00分
 東京電力福島第一原発事故では、世界最悪レベルとなった事故の収束作業は依然終わりが見えない。メルトダウン(炉心溶融)した1~3号機の原子炉に残る溶け落ちた核燃料(デブリ)を、技術的に取り切れるのかすら不明だ。汚染水対策も解決に至らず、政府と東電は「廃炉」を目指すも、その姿を示せないでいる。東電が公開している事故現場の写真から、10年を振り返る(小川慎一、写真は断りがない限り東電提供)

◆2011年3月11日 地震、津波、そしてメルトダウン

3月15日に起きた4号機建屋の水素爆発直後の様子。手前の3号機建屋は前日に水素爆発で大破(2011年)

 3月11日午後2時46分、宮城県三陸沖を震源としたマグニチュード(M)9の地震が起きた。高さ約15メートルの大津波が襲来し、4号機タービン建屋を点検していた男性社員二人が亡くなった。1、3号機原子炉建屋の水素爆発で15人が負傷。4号機原子炉建屋も水素爆発で激しく損傷した。

緊急対策室に集まる事故収束にあたる東電社員や作業員たち(2011年)

 原子炉へ注入を続けた冷却水はデブリに触れて汚染水となり、建屋地下へたまった。そして、海へ漏れ出す。東電は当初、汚染水を減らせるとしていたが、建屋への地下水流入で増え続ける。仮設ホースは雑草や凍結で損傷し、汚染水が漏れた。見通しの甘さが露呈した。

事故直後は消防車が原子炉や使用済み核燃料プールに注水して、危機をしのいだ(2011年)

◆2012年 増える汚染水とタンク 綱渡りの対応

3号機タービン建屋内に張り巡らされた仮設ホース。建屋地下にたまる汚染水の移送では水漏れが相次いだ(2012年)

 増え続ける汚染水を保管するために、東電は構内にタンクの建設を進めた。しかし、「足りる」と最小限にとどめたことが、後に災いする。

◆2013年 「アンダーコントロール」安倍首相発言のプレッシャー

ボルト締め型タンクから汚染水漏れが相次いだ(2013年)

 現場は、汚染水対策に翻弄された。3月にはほとんどの放射性物質を除去できる多核種除去設備(ALPS)の試験運用が始まった。放射能リスクを減らせるようになったが、浄化処理前の汚染水漏れが相次ぐ。4月には地下貯水池から推定120トンが地中に漏れ、8月には急ピッチで造ったボルト締め型タンクから300トンが漏れた。そんな中、東京五輪招致で安倍晋三首相(当時)が「(汚染水の影響は)アンダーコントロール」と世界に向けて発言。疲弊する作業員らへのプレッシャーが強まった。

◆2014年 続いた作業事故 工程ありきのしわ寄せ

廃棄物貯蔵庫の基礎杭の補修作業にあたっていた作業員が死亡する事故があった(2014年)

 作業事故が相次いだ。3月、廃棄物の保管建屋の基礎部分を工事中、土砂が崩れ作業員が亡くなり、初の死亡事故となった。11月にはタンクから鋼材が落下し、3人が重軽傷。被ばく線量がかさみベテラン作業員が現場から離れたことと、東電の工程ありきのしわ寄せが浮き彫りとなった。12月、4号機使用済み核燃料プールから核燃料1535体の搬出が終了。作業は1年以上かかった。

◆2015年 大型休憩所で温かい食事ができるように

温かい料理が食べられる食堂が入った大型休憩所の運用が始まった(2015年)

 死亡事故が続いた。1月にタンクから落下した男性が、8月には大型バキュームカーの事故で男性が亡くなった。疲弊する現場の救いは、大型休憩所の運用開始。大熊町の給食センターから温かい食事が運ばれるようになった。汚染水を巡っては2月、排水溝から海へ汚染水を垂れ流していたことが発覚。東電は前年春に気付いていたが、公表も対策もしていなかった。

◆2016年 「氷の壁」汚染水対策の切り札にならず

台風の影響による大雨で海側の地下水の水位が、地表と同じ高さまで上昇。仮設ポンプやバキュームカーを増やしてくみ上げ、あふれるのを抑えた(2016年)

 東電と政府は汚染水対策の切り札として、1~4号機建屋周囲の地中を凍らせて地下水の流入を防ぐ、凍土遮水壁の凍結を始めた。凍結完了まで2年半かかったものの、完全に水を食い止める効果はなかった。大雨で海側の地下水が井戸からあふれそうになるなど、綱渡りの対応を迫られた。

◆2017年 見え始めた原子炉内 ヘリポート運用開始

ヘリポートの運用が始まり、ドクターヘリによる救急搬送の訓練。従来は12キロ離れた福島第二原発など構外から搬送していた(2017年)

 原子炉内の状況を画像で知ることができた。2号機では、カメラ付きのパイプを格納容器に入れた調査が成功し、デブリと構造物が交じった堆積物を初確認。3号機は水中ロボットで、圧力容器下部でデブリとみられる黒い堆積物を確認した。政府と東電は、1、2号機プールの核燃料搬出開始を20年度から23年度に変更。計画は19年末に再び見直され、開始時期はさらに遅れることになる。

◆2018年 でこぼこに堆積したデブリ 突き付けられた難題

メルトダウンした2号機原子炉圧力容器直下の映像。足場が脱落し、上部には制御棒の駆動装置が確認できた(国際廃炉研究開発機構提供、2018年)

 2号機の炉内調査が進み、デブリが格納容器底部にでこぼこに堆積していることを確認。3号機では格納容器底部にデブリと鋼材のがれきが積み重なっていることが分かり、取り出しの難しさを突き付けた。また、汚染水を浄化処理した後の水の大半に、法令の排出基準を超える濃度の放射性物質が残っていることが判明。政府と東電は、処理水を海へ放出処分する検討を進めるものの、漁業者らから反対意見が続出した。

◆2019年 損傷した1、2号機排気塔の解体 地震リスク軽減

1、2号機排気筒の頂部は専用装置と一緒にクレーンで地上に下ろされた(2019年)

 3号機使用済み核燃料プールからの核燃料取り出しが4月に開始。14年末にも始めるとしていた計画は高線量がハードルとなった上、機器の不具合が設置前から相次ぎ、予定は大幅にずれ込んだ。8月には、本紙報道で複数の破断や損傷が判明していた1、2号機排気筒(高さ120メートル)を半分に解体する作業が始まった。頂部から専用装置で輪切りにする作業は、トラブルが続出。切断装置が動かず、作業員が筒頂部に上がって切断する事態にも。20年5月1日に作業を終え、倒壊リスクが減った。

◆2020年 タービン建屋地下階の汚染水ほぼなくなる

水素爆発の影響で大穴が開いた3号機タービン建屋の屋根に大きなカバーが設置された(2020年)

 1~4号機タービン建屋の地下階にたまっていた汚染水がほぼなくなり、床が見えるようになった。当初は津波で浸水し、原子炉建屋からの汚染水流入も続いた。地下水の流入を防ぐため、山側の井戸のくみ上げを増やし、建屋内で常設の排水ポンプも稼働。雨が入り込まないよう、水素爆発の影響で大穴が開いていた3号機タービン建屋の屋根にもカバーが設置され、汚染水の発生抑制につながった。ただ、原子炉建屋にたまる汚染水をどう抜き取るかは決まっていない。

水素爆発の影響で3号機タービン建屋の屋根には大きな穴が開いた(上空から無人航空機で2011年3月20日撮影)

◆2021年 新型コロナ禍 3号機プールからの核燃料搬出終わる

3号機使用済み核燃料プールからつり上げられる核燃料。周囲には小さながれきが多く見える(2021年2月)

 3号機使用済み核燃料プールからの核燃料566体の搬出が、2月28日に終わった。1~6号機のうち2基のプールから核燃料がなくなった。1、2号機のプールでは、24年度以降に核燃料搬出を始める予定だが、現場は高線量のままで計画通り進むかは不透明だ。2号機で予定されていたデブリ採取は、新型コロナの感染拡大で機器開発が遅れ、22年以降に延期した。この10年、廃炉工程が計画通りに進んできたことはほとんどない。

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