ボランティア並べ…今も目に浮かぶ何百人の「善意」の列<平和の俳句・震災10年>

2021年3月11日 06時00分
 東日本大震災や原発事故の記憶、亡くなった方々への鎮魂の思いを受け継ぐため、「平和の俳句~震災10年」として本紙に寄せられた3268句の中から、句に託した思いを聞きました。
ボランティア並べ誘導ボランティア
 倉持光好さん

震災直後にボランティアをしたさいたまスーパーアリーナ前で当時を振り返る倉持さん=さいたま市中央区で

 福島県からの避難者を受け入れたさいたま市のさいたまスーパーアリーナで、中学校教諭(当時)の倉持光好さん(68)=同市北区=が「ボランティアはこちらです!並んでくださーい」と声を張り上げた。被害の大きさに「何か手助けできれば」とボランティアに参加し、続々と詰め掛けるボランティアの仕分けや誘導に当たった。

◆中学校教諭 適任と思われて

 3月20日朝、受け付けに並ぶと職業を聞かれた。「大きな声が出るし、生徒を並ばせ慣れているから、適任と思われたんでしょう」と笑う。
 2階の荷物仕分けに10人、看護師資格のある人を5人、毛布運びに20人…と、本部の指示を受け、大声でボランティアを整列させる。「子どもを遊ばせます」と小さい楽器や玩具持参で申し出てくれた幼稚園の先生、重い荷物を率先して持ってくれる若者もいた。

◆あえて同じ言葉を二度

 ずらっと並んだ何百人の「善意」の列が、今も目に浮かぶ。その様子を思い出し、あえて同じ言葉を二度使って句を詠んだ。
 誘導が落ち着いた後、福島県双葉町から避難し親戚を捜しているという老夫婦を案内した。体育館や通路にござを敷き、座ったり横になったりしている避難者たち。「○○さん、いらっしゃいませんか」と声を掛けていると、女性が駆け寄ってきた。「無事で良かった」。手を取り合う笑顔を見てほっとした。

◆生徒らに人助けの喜び伝える

 その11日後、定年より2年早く教諭を退職した。最後に担任した2年生に、学年便りで人助けをする喜びを伝えた。「身近なところで誰にでもできることはある。最後にそう伝えられたのが良かった」(奥野斐)

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