<ふくしまの10年・東京で暮らしていく>(3)ママ、もう1回歌いなよ

2021年3月11日 06時33分

DVDはいわき市の海で撮影した

 いわき市から娘たちと避難したゆかりマルシャンさん(49)は、避難施設となっていたグランドプリンスホテル赤坂(東京都千代田区)で三カ月暮らした後、区内の国家公務員住宅に入居した。
 「子どもたちを転校させたくない」と東京都に要望書を出していた。娘たちが通っていた番町小学校(同区)のママ友が区議を紹介してくれるなど後押ししてくれた。
 それから二年ほど、子どもを守ることだけを考えて暮らした。食べるもの、着るもののことを考えるだけで頭がいっぱいになる日々。「自分で自分を誇れるようなものがなくなっていた」。力尽きて、台所でばたんと横になってしまうこともあった。母親の姿を見かねて、娘たちが「ママ、もう一回歌いなよ」と言ってくれた。
 震災前はジャズなどを歌っていたが、初めて自分で曲を書いた。二〇一三年にDVD「My Life」を制作した。津波で変わってしまった姿を見ることにためらいもあったが、小さいころから大好きだったいわきの海で撮影した。
 DVDのタイトルにもした「My Life」という歌には、東京での暮らしを覆う無力感の中で「誰か分かって」という思いを込めた。
 <突然街を捨てるような出来事が oh 当たり前なんてないと知った瞬間 空が赤く染まっていく>
 それでも子どもを学校に連れていく時にちょっとした幸せを感じることもあった。桜の花を見て「この二年間、桜の色を知らなかったなあ」と、心から色を奪われていた年月を思った。「Raindrops Polkadots」の歌詞にはそんな瞬間を刻んだ。
 <咲く花に見惚(みほ)れて歩いた道に水たまり描くレインドロップス>
 お世話になった人たちにDVDを渡すと話が広まり、避難している母親たちの団体などにコンサートで呼ばれるようになった。
◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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