<東日本大震災10年>「放射性物質 今も山中に」 元高校教諭の中村庄八さん 事故後、3カ年独自測定

2021年3月11日 08時01分

小野子山と子持山の空間放射線量を計測した中村庄八さん=渋川市で

 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から11日で10年を迎える群馬、栃木両県では、いまだに放射性物質の影響が残り、福島県などからの避難者たちが古里を思いながら生活している。
 渋川市に住む元高校理科教諭の中村庄八さん(68)は、原発事故後の二〇一二、一四、一六年に、同市などにまたがる小野子山(一、二〇八メートル)や子持山(一、二九六メートル)で空間放射線量率を独自に測定した。高い放射線量の地域は徐々に減ってきたが、「半減期などから考えて十年がたつ今でも残っているだろう」とみている。
 中村さんは一二年春、二つの山に入り、林道や畑など計百七十カ所で空間放射線量を測定。一四、一六年の春も同じ手法で調べた。
 一二年の調査では、除染基準の毎時〇・二三マイクロシーベルトを上回ったのは、二つの山で南側の標高五〇〇メートル以上、北側で七〇〇〜一〇〇〇メートルの地域。東西方向に伸びる稜線(りょうせん)や南側斜面で同〇・五〜〇・九マイクロシーベルトと高い場所もあった。稜線や南側斜面が高いのは、放射性物質が南や南東方向から気流に乗って運ばれ、沈着したためとみられる。
 一四年の調査では、一二年と比べ放射線量は全般的に下がった。基準値の数倍を示した地域は減少し、東西の稜線や南側斜面の狭い範囲に限定された。一六年の調査でも同様の傾向だった。ただ、局地的に放射線量が高く、下がりにくい「ホットスポット」の分布もみられたという。
 中村さんは「ホットスポットは今後、台風などにより土砂で埋まり減っていくだろう」と指摘。ただ、半減期が約三十年のセシウム137は今も放射線を出し、今後も生態系などに影響する可能性があるとみている。 (池田知之)

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