<ふくしまの10年・今の思いは>振り返ってばかりもいられない

2021年3月12日 07時14分

◆菅野栄子さん(84)

「どこが復興しているんだかという思いはありますが、振り返ってばかりもいられない。避難中も伝統的なみそなどを守りました。発酵食品の良さを伝えていかねば」
<2月16日〜「伊達東仮設 7年の日々」飯舘村のみそ造り名人>

◆和合亮一さん(52)

和合さん提供

「喪失と祈りの10年。事態はむしろ深刻化している。福島で起きていることから目をそらさずに、福島から言葉で発信し続ける
<1月26日〜「詩が生まれるとき」震災直後から、ツイッターで震災や原発事故に関する詩を発信し続ける>

◆根本美佳さん(51)

「福島では放射能のことを話題にしにくく、避難しなかった方の思いをくむのも難しくて。心の復興はまだ先になりそうです」
<昨年12月8日〜「母と娘 自主避難という選択」いわき市を離れたが、フラガールを目指す娘のために帰還>

◆鎌田毅さん(77)

「コロナでいろんな計画が遅れている。でもヤギ牧場は5月にオープンするよ。若ければまだまだやりたいことがあるけれど、できない寂しさがある」
<昨年11月24日〜「追われた土地の記憶」葛尾村の開拓民。震災前は養豚業>

◆遠藤竜太郎さん(56)

「地域に人が戻ってきていない。公共交通として何ができるか。原発と一緒に街をなくしてしまうわけにはいかない」
<昨年12月22日〜「おらが街のバスがつなぐ道」故郷の南相馬市でバス会社を経営。街が孤立しないよう路線を新設>

◆豊田直巳さん(64)

 「福島県内で原発事故の被害などについて声を上げにくくなっている。まだまだ問題が山積し、それらを可視化するのが自分の役目だ」
<昨年4月21日〜「行ける所までとにかく行こう」原発事故の発生直後から、被災地を取材し続ける>

◆伊藤延由(のぶよし)さん(77)

「山の腐葉土を農業で使おうものなら、たちまち作物が汚染されることを自らの栽培実験で再認識した。原発事故の被害は、むしろこれからだ
<昨年7月28日〜「雪が落とした災い」飯舘村で放射能の影響を調べ続ける>

◆賀沢大輔さん(32)

「せっかく故郷に帰ってきたのだから、少しでも役に立ちたい。震災前よりも良くなって暮らしたいという若者を増やしたい」
<昨年10月13日〜「信金の心意気」一昨年、東京の城南信金から、震災時に内定が取り消しになった故郷のあぶくま信金に転職>

◆遠藤洋さん(62)

「震災を機に、被災した多くのピアノの修復に取り組み、挑戦することの大切さを学んだ。災害は絶えないが、人々に希望を与えたい
<3月2日〜「もう一度弾きたい」津波で水没したいわき市の「奇跡のピアノ」を修復した調律師>

◆原田幸子さん(65)

「店をやっている時は時間がある人がうらやましかったけど、時間があるって嫌なもの。忙しくて仕事があった方がいいですね」
<昨年4月14日〜「小高にあった『ラーメン大将』」目が見えない夫と盲導犬と一緒に避難。店は取り壊した>

◆飛田晋秀(ひだ・しんしゅう)さん(73)

「国の金で立派な建物を建てても、戻らない住民は多い。放射線量が高く人が住めない場所があるのに復興したとは言えない」
<昨年7月14日〜「無人の街を撮り続けて」震災直後から帰還困難区域内を撮影し続ける三春町の写真家>
 ◇
 「ふくしまの10年」取材・山川剛史、早川由紀美、井上能行、坂本充孝、長久保宏美、片山夏子、榊原崇仁、臼井康兆 ◆連載は3月20日まで続きます。

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