鬼才 伝説の編集人 齋藤十一 森功著 

2021年3月14日 07時00分

◆新潮社の「象徴」鮮やかに
[評]小松成美(作家)

 駆け出しの頃、齋藤十一の姿を目にしたことがある。新潮社の社屋ですれ違った時、一緒にいた編集者が身を固くして息をのみ深く頭を下げたのを見て、私は「この人が新潮社の天皇だ」とすぐに分かり、続けて会釈をした。
 相談役だった齋藤との一瞬の交錯に興奮を押し殺すことはできなかった。山崎豊子、新田次郎、吉村昭等、私が青春時代に読みふけった人気小説を世に送り出した天才編集者にして『週刊新潮』の生みの親。とりわけ齋藤が一九八一年に創刊した『FOCUS』は毎号手に取っていた。出版界の巨人の静かな表情は、今も瞳の奥に強く残っている。
 本書は、残像だった齋藤の姿をまるで3Dプリンターで成形するように鮮やかに浮かび上がらせる剛毅(ごうき)な評伝である。集められたのは伝説の編集人の出生から大往生の記録と、隆盛を極める日々の縦横無尽かつ独断専行ともいうべき逸聞。「俗物主義」を信条とした齋藤らしく、話題は吉田茂からビートたけし、華原朋美にまで及ぶ。その振り幅が、すなわち齋藤十一なのだ、と著者は書き進めていく。
 政権の闇やその当事者を描く「怖面(こわもて)」ジャーナリストである著者だが、本書では主題に対するあたたかなまなざしを忘れない。担当編集者の助言と週刊新潮に一時期籍を置いていた縁に背中を押されてスタートした取材で、人間・齋藤に没入していった著者にとっても希有(けう)で新鮮な経験だったに違いない。
 雑誌というメディアがこの国の文化を作り得た時代。『芸術新潮』がなければ、岡本太郎の芸術はその工房の中だけの爆発に終わったかもしれない。齋藤は、文学・芸術への含蓄と独自のセンスと直感を駆使し、新潮社にしか(つまり齋藤にしか)できない文学や言論を新潮社創業家の後ろ盾で完遂する。
 「誰が書くかは問題じゃない。何を書くかだよ」と言って作家や編集者を鼓舞していたという齋藤。凋落(ちょうらく)を危ぶまれる出版界の人々はこの本を読み、何を思うのか。活字離れ×齋藤十一が、この一冊のメインテーマでもある。
(幻冬舎・1980円)
1961年生まれ。ノンフィクション作家。著書『悪だくみ』など。

◆もう1冊

柳澤健著『2016年の週刊文春』(光文社)

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