「床屋さんがない」と父から聞いて 福島・富岡町の25歳、人が戻らない故郷で挑む

2021年3月13日 14時00分

客と談笑しながら髪を刈る草野倫仁さん(右)=福島県富岡町で

 東京電力福島第一原発事故で避難を強いられたのは、中学卒業直後だった。あれから10年近くたった2020年11月、福島県富岡町の草野倫仁ともひとさん(25)は町内では事故後初となる理容店を開業した。「失敗しても成功しても、25歳なら何とでもなるのかな」。町に人が戻らず、厳しい経営環境に商店の再開が増えない中、故郷での挑戦に踏み切った。(福岡範行)

◆店名に「復興」込めて

 トラックが行き交う国道6号沿い、スーパーや飲食店が入る商業施設「さくらモールとみおか」から歩いて3分の「一等地」に、草野さんの店はある。
 先月10日、草野さんがバリカンを手に男性客の髪を切っていた。「ぴったりくる店が地元にできてうれしい。多いときは月2回来ています」と、いわき市久之浜町の会社員鈴木大輝さん(21)が笑う。ここで人生初のパーマをかけるという。

2020年11月に開業した「BARBER SHOP C.O.R」

 店名は「BARBER SHOP C.O.R(バーバー・ショップ・コール)」。復興の輪を意味する英語(Circle Of Revival=サークル・オブ・リバイバル)の頭文字を取った。内装は「自分が年を取ったときでもいいように」と木目調を多くし、茶色で統一。新規創業を支援する県の助成金は昨年の申請受け付け開始が例年より遅れていたため、利用しなかった。「この場所を1年買わずにいたら、誰かが買うんじゃないかと思った」と振り返る。

◆17年まで全町避難

 10年前のあの日、卒業式からの帰宅後に激しい揺れに襲われ、家の壁に亀裂が入った。翌朝、防災無線の呼び掛けに従い町外へ。町全域に避難指示が出され、自転車で15分で通えるはずだった富岡高校は福島市などに分散して開校した。
 寮生活になった草野さんは、お金を節約しようと友人と髪を切り合った。それが理容師を目指すきっかけに。卒業後、働きながら通えるさいたま市の理美容専門学校に進んだ。
 当時、富岡での出店は「現実味がなかった」という。全町避難は17年3月まで続き、高校時代も自宅には年に1回行く程度だった。最寄りのJR夜ノ森駅東側は現在も帰還困難区域のまま。子ども時代、暗くなるまでボールを蹴った夜の森公園は、バリケードの向こう側だ。
 理容師資格を取った後、埼玉県内や栃木県佐野市の理美容店で勤め、19年に独立を考えた。父親からは「富岡町に床屋さんがない」と聞いていた。
 「埼玉とか、見渡せば理容店がある場所では正直厳しい。富岡は不便している人が多い。髪を切るだけに往復2、3時間かけて行くって聞いてたんで、それって日常的じゃないなって」。故郷での開業を決め、19年末に佐野市の店を辞めた。

◆月1回、気晴らしの場に

 富岡に住んでいる人が少ないことに不安はあったが、「5年後に同じことはできない。30歳だと守りに入っちゃう」とぶれなかった。「町には復興関連企業が多く、男性が多い。需要はある」とも考えた。

バリカンで髪を刈り上げる草野倫仁さん(左)

 開店資金は、19年の台風19号で佐野市のアパートが床上浸水した際の保険金などを充てた。友人らの後押しで口コミも広がり、開業直後の売り上げは目標を達成。順調な滑り出しだ。
 常連客をどれだけつくれるか。店を長く続けるために、勝負はこれからだ。「この辺は気晴らしの場所が全然ない。月1回のぜいたくに行こうと思ってもらえる店になりたい」

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