<東日本大震災10年>現状と課題 (上)帰宅困難者 とどめる意識広まる

2021年3月16日 07時10分

災害用に備蓄している毛布を示す神奈川学園の高橋教諭=横浜市神奈川区で

 東日本大震災では、首都圏で交通網が寸断されるなどして帰宅できない「帰宅困難者」の問題が明るみに出た。内閣府の推計によると、県内で約六十七万人に上った。あれから十年。帰宅困難者を生み出さない取り組みが進む一方、発生した帰宅困難者の居場所となる「一時滞在施設」の確保は思うように進んでいない。 (杉戸祐子)
 あの日、横浜駅近くにある神奈川学園中学・高校(横浜市神奈川区)は学年末テストの最終日だった。激しい揺れが襲った時、多くの生徒は下校していたが、部活動などで残っていた約三百人がとどまり、一夜を過ごした。上級生を中心におにぎりや豚汁を調理し、学年ごとに教室に毛布を敷いて寝た。
 「恐怖でずっと泣いている中学生もいた」。防災担当の高橋文恵教諭(53)は振り返る。それでも対応できたのは、二〇〇五年に耐震基準の一・二五倍の強度を持つ新校舎が完成して以降、「非常時は集団下校」という方針から「学校が一番安全」という考え方に転換したことが大きいという。全校生徒約千二百人分の飲料水や食料、毛布の備蓄を開始し、徐々に増やしてきた。「全校生徒分を準備したのは珍しかったのでは」と及川正俊教頭(55)は話す。
 震災後は首都直下地震に備え、備蓄を三日分に増強。毛布など寝具も約千五百枚に増やした。家庭科の授業で備蓄の食料を調理し、災害に備えながら消費期限に対応して入れ替えている。照明やスマートフォンの充電のため発電機を配備。ヘルメットは教室に加えて特別教室や体育館にも常備した。及川教頭は「災害時に駅近くにいたら学校に戻るように生徒に指導している」と話す。
 横浜市は一二年度から、帰宅困難者を出さないために一斉帰宅を抑制する方針に賛同する事業者を募集。初年度は三十七事業者だったが、五年後の一七年度に百二十二事業者に増え、現在は百七十五事業者。地域防災課の担当者は「一斉帰宅を抑える必要性が認知され、広まってきている」と手応えを話す。企業などがBCP(事業継続計画)を策定する際、業務の継続法などと合わせて対応を検討しておくケースが増えているという。
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 一方、県が一五年に公表した地震被害想定調査で首都直下地震で帰宅困難者が一万人以上とされた九市に、一時滞在施設の確保状況を聞いたところ、想定する帰宅困難者数を満たす一時滞在施設を確保している市はなかった。
 4%と最も低かった平塚市は「帰宅困難者が出やすい駅の近くに該当する施設がない」と理由を話す。9%だった鎌倉市も「大きな公共施設がなく収容数に限りがある」と説明する。東日本大震災では地元住民を対象とする避難所で帰宅困難者を受け入れた経験があり「住民の避難状況によっては避難所の活用も検討する」と対応策を語った。
 横浜市は、施設内で余震でけがをするなどした場合の損害賠償責任を施設側が負う点に触れ、「受け入れをためらう施設もある」と指摘する。
 新型コロナウイルスも影を落としている。横須賀市は「施設内の使用エリアを拡大することで収容数は減らさない」、相模原市は「足りなくなる分は避難所での対応を検討している」と答えたが、横浜市は「四、五割減る」、鎌倉市も「おそらく半分ぐらいになる」。平塚、藤沢、厚木市も減少の見通しを示した。小田原市は「収容数を減らせば入れない人が出るが、冬の寒い時期などに放り出すわけにもいかず、減らせない状況が想定される」と苦悩をのぞかせた。

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 首都直下地震や、関東大震災のような相模トラフで起きる巨大地震が起きた場合、県内では甚大な被害が予測されている。この十年で震災対策はどこまで進んだか、現状と課題を二回に分けて紹介する。

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