<ふくしまの10年・科学者 未来への伝言>(1)教訓「数世紀は伝える」

2021年3月16日 07時51分

「原発悔恨・伝言の碑」を除幕する安斎育郎さん(右)=11日、福島県楢葉町の宝鏡寺で

 東日本大震災から十年の十一日午後、楢葉町の宝鏡寺で真新しい碑が人々に披露された。「電力企業と国家の傲岸(ごうがん)に立ち向かって40年、力及ばず」で始まる「原発悔恨・伝言の碑」。放射線防護学が専門で立命館大名誉教授の安斎育郎(いくろう)さん(80)と同寺住職の早川篤雄さん(81)が建てた。
 仕事も違い、住所も離れた二人を結び付けたのは原発だった。一九七三年、東京電力福島第二原発(楢葉町、富岡町)の建設反対運動で知り合った。
 碑文を書いたのは安斎さん。「反対したが、防げなかった。こんな大事故を起こしてしまったことの悔恨がある。この教訓を少なくとも数世紀は伝えたい」という。
 安斎さんは東京生まれだが、戦時中の四四年から四年間、福島県二本松市に縁故疎開していた。福島は第二の故郷でもある。
 二〇一一年四月、七十一歳の誕生日に早川住職が運転する車で、いわき市から浪江町まで放射線量の調査をした。毎時一〇〇マイクロシーベルトという高線量の場所もあった。人の姿が見えない一方、桜や菜の花、コブシはきれいに咲いていた。「子どもの時に見た風景と同じ。懐かしさを感じた」という。
 碑には「故郷の過去・現在・未来を奪った。」と記した。
 安斎さんは原発事故で「専門家、科学に対する信頼が薄れた」と考えている。
 科学の信が問われたことが過去にもある。鹿児島県の桜島で起きた大正噴火(一九一四年)。桜島の村役場からの問い合わせに鹿児島測候所が「噴火無し」と答えたため、一部の人々が逃げ遅れる事態となり、犠牲者が出た。桜島には「科学不信の碑」と呼ばれる碑が立っている。
 (井上能行・初代福島特別支局長が担当します)
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