YS11開発時のエンジン搭載機が引退へ 前回東京五輪で聖火運搬の機体と同型

2021年3月17日 14時00分

ラストフライトに飛び立つ航空自衛隊の「YS11」=17日午前、埼玉県の航空自衛隊入間基地で

 戦後初の国産旅客機で、1964(昭和39)年の東京五輪で聖火を国内各地に運んだ「YS11」。開発当初のオリジナルエンジンを積んだ同型機で、航空自衛隊入間基地(埼玉県狭山市)で現役として活躍してきた国内最後の機体が18日に退役を迎える。17日は入間基地でラストフライトがあった。(星野恵一)
 YS11は17日午前9時半、入間基地から離陸し、約1時間にわたって周辺を飛行した。空自では71年から、この同型機を航空保安無線施設の点検などを行う飛行点検隊に3機を導入。これまで全国42の基地へ飛び、設備を点検してきた。

航空自衛隊の「YS11」の操縦席

 今回退役するのは唯一残り、開発当初のオリジナルの英ロールスロイス製エンジンを積んだ双発プロペラ機。全長26メートル、全幅32メートル、全高8・9メートルで、操縦室には針が回るレトロな計器が並ぶ。任務は後継機に譲ることになる。
 182機が製造されたYS11は国内外で旅客機などとして使用されたが、国内では2006年に民間定期航路から引退。入間基地の機体はオリジナルエンジン機として、民間を含め飛行可能な最後のものという。

ラストフライトを終えた航空自衛隊の「YS11」と乗員(左)ら

 「国をあげて開発した機体だった。飛ばなくなるのはさみしいけど、今までよく飛んだと思う」。YS11の開発当初から新三菱重工業(現三菱重工)小牧南工場で、社員として機体の塗装に携わった伊藤敏彦さん(78)=愛知県犬山市=は感慨深そうに話す。
 YS11は戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が航空機製造を禁止した7年間の空白を経て59年、国や新三菱重工などが「日本航空機製造」を設立して開発。前回の東京五輪では全日空が試作2号機に聖火を乗せ、沖縄から鹿児島、宮崎、札幌へと運び、戦後復興の象徴となった。伊藤さんは機体についた五輪マークを見た時を振り返り、「『少しは五輪に関わった』という気持ちが残っている」と話す。

YS11機の五輪聖火輸送テストで公開されたトーチをのせる聖火台=1964年9月3日、東京上空で

 全日空キャビンアテンダント(CA)として聖火輸送特別機に乗り、機内サービスなどを担った白木洋子さん(79)=兵庫県西宮市=は、聖火が機内前方の安全装置台に置かれた姿を覚えている。「聖火が消えないか、みんな心配していた」。7年弱、CAとして空を飛んで「一番、記憶に残ったフライト」と話す。
 退役の報に白木さんは話した。「いまだ現役でフライトしていたと知り、五十数年前を思い出して感慨深い。お疲れさまでした」

ラストフライトを終え、感謝のメッセージが掲げられた「YS11」の操縦席

関連キーワード


おすすめ情報