あれから半年 彼は岡山に<新宿共助>

2021年3月18日 07時31分

◆新宿共助 食品配布の会場から

 毎週土曜日、生活に困っている人たちに無料の食品が配られる都庁前の通路では、暮らしや健康についての相談会も開かれている。「家がない」「病院に行けない」。主催者の「新宿ごはんプラス」には痛切な声が寄せられる。
 小池百合子知事が大差で再選した、コロナ禍の知事選の投開票日から一週間がたとうとしていた昨年七月十一日。相談会場から出て来た男性が、歩道の隅に座り込んだ。スーツケースを持っている。どこか遠くから来たのだろうか。
 「夜行バスに乗り、数日前に実家がある東京に来たばかりなんです。支援団体が多い東京に来れば、きっと誰かが話を聞いてくれると思いました」。三十代。どうすれば生活保護が利用できるのか、岡山県から相談に訪れたのだという。
 「パートなどの仕事をしていましたが、新型コロナの影響で求人がさっぱりなくなって…。四月には、自家用車が車検切れした。家の近くに、自転車で通えるような職場はありませんでした。それで、生活保護を利用しようと役所に行ったら『元気そうだから働いたら』と追い返された。申請書すら渡してくれなかった」
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 三度目の追い返しを受けた後、パニックで役所の前で発作を起こし、病院に搬送された。「医師が看護師に『こんなのを受け入れたら、また同じようなのを連れて来るだろ』と目の前で愚痴られ、体が固まりました。『帰ります』と何とか言葉を振り絞って、家に戻りましたが、それからも、やりとりを思い出しては泣けてきました」
 東京の実家は、居場所にならなかった。もともと関係のよくなかった母と衝突し、飛び出した。「不安にならずにいられる時間がほしい」。そう語る男性の表情は疲れ切っていた。
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 あれから半年。彼はどうしたのだろう。取材で聞いていた電話番号にかけてみた。男性が出た。「今、岡山にいるんです」
 生活保護は居住地を所管する福祉事務所が担当する。男性は支援団体のスタッフに手伝ってもらい、都内の自治体から、自宅のある岡山県の福祉事務所に生活保護を利用せねばならない事情を説明してもらった。「それで、スムーズに生活保護が利用できるようになりました」
 岡山に戻ってからはお金の不安はなくなった。でも求職活動がうまくいかず、家と最寄りの商店とを自転車で行き来するだけの毎日。近所に話せる人もいない。「孤立感に加え、働かないまま税金を使う罪悪感ですごく苦しくなった」
 病院で発達障害と診断された。周囲になじめず自信を失いがちな傾向があるのだという。驚いたが、生きづらさを感じてきた理由がわかった気がした。
 二月から、障害者などの就労を支援する作業所で働いている。「社会とのつながりを実感できるようになりました」。以前、放課後デイサービスで働いていたことがある。経験を思い出し、最近は保育士の資格を取るための勉強をしている。「また子どもたちと関われたらいいなって」。落ち着いた調子の声が耳に残った。 (中村真暁)=随時掲載

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