<ふくしまの10年・科学者 未来への伝言>(3)住民の声を聞き現場へ

2021年3月18日 07時58分

福島県三春町で畑の土を採取する安斎育郎さん=安斎さん提供

 放射線防護学が専門の安斎育郎さん(80)は原発事故後、「福島プロジェクト」を組織し、京都から福島県に通っている。十一日に楢葉町の宝鏡寺であった「原発悔恨・伝言の碑」除幕式は七十六回目だった。
 安斎さんのやり方はわかりやすい。まず、困っていること、不安なことを聞く。そして、現場に行って計測し、対処法を一緒に考える。
 それは二〇一一年五月八日に始まった。保育園関係者の勉強会で講演した後、声をかけられた福島市のさくら保育園に行った。園庭の放射線量を測ると、一時間あたり六マイクロシーベルトもあった。日本の平均よりも百倍以上高い。
 安斎さんは園庭の土を掘って放射線量を測るという作業を繰り返し、測定結果をグラフにした。表土を広く削るほど線量は下がった。保育園の人たちは対策できるということを実感した。園は県や市に除染をお願いした。翌年には園庭で運動会を開くことができた。その後、保育園、幼稚園などを三十ぐらい調査した。
 一緒に碑を建てた楢葉町の宝鏡寺の早川篤雄住職などの紹介で、仮設住宅に避難した人々の相談に乗った。自宅まで一緒に行って計測し、放射線量を下げるためにできることをやってみせてきた。
 相談者は、偉い大学の先生で、七十代の安斎さんが力仕事をするので恐縮する。やがて親しくなる。
 プロジェクトの仲間は十人近い。桂川秀嗣・東邦大名誉教授(79)は同世代で、毎回、一緒に行く。
 放射線防護学の専門家は国内に千人以上いるが、住民に寄り添う研究者に出会うことは少ない。「名誉教授はお金ももらっていないし、論文を書く義務もないから」。安斎さんは冗談っぽく話した。
 ◇ご意見はfukushima10@tokyo-np.co.jpへ

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