誰も知らなかったジャイアント馬場 市瀬(いちのせ)英俊著

2021年3月21日 07時01分

◆苦難経てたどり着いた「王道」
[評]粂川麻里生(慶応大教授)

 本書は、プロレス雑誌記者としてジャイアント馬場のキャリア(すなわち実人生)の晩年を取材していた著者が、さらに夫人(馬場氏の長年のビジネスパートナーでもあった)への取材、そして数百通に及ぶという馬場夫妻のかわした「ラブレター」を重要ソースとして著した評伝である。
 ジャイアント馬場といえば、力道山亡き後のプロレス第二黄金期の主役であり、一九六〇・七〇年代のスポーツ界やエンターテインメント界で、ONや大鵬らと並んで圧倒的なスターであった。しかし、意外にも馬場の全生涯を描き出そうとする本格的な評伝は本書が初めてだ。これまでは馬場の自伝的著作と元子夫人の回想録があったのみで、あとは特定のテーマを追った書籍やムック類である。
 師匠力道山や「ライバル」アントニオ猪木に関する書物と比べると「馬場本」は少ない。だが、私も含めて、多くの人々が、馬場という人のことを「わかったつもり」になっていた面はあるのではないか。若い頃からどこか好々爺(こうこうや)的な雰囲気があった馬場は、力道山や猪木のようには強烈なパーソナリティーを感じさせなかったし、力道山対木村政彦戦や猪木対モハメド・アリ戦のような、検証を要する意味深長な試合はない。
 しかし、本書を読んでいくにつれ、そういう「明々白々さ」こそが、馬場が苦労を重ね、悩みながら確立していったものであることが腑(ふ)に落ちてくる。脳の手術にまで至る巨人症の苦悩、投手として読売ジャイアンツに入団しながら芽が出ず、不意の事故によって野球生命が絶たれたこと、過酷なアメリカプロレス修行など、さまざまな苦難を経て、馬場は何のけれんも無い「明々白々」のプロレスと生き方にたどり着いた。人気技だった「十六文キック」さえも“下品”として好まなかったという。
 格闘技が多様化し、それぞれに人気を博する今、「プロレス」は明るく、楽しく、わかりやすい「王道」に回帰しつつあるようだ。馬場夫妻の歩いた道もまた、たしかに現在に続いていたのだろう。
(朝日新聞出版・2200円)
1963年生まれ。スポーツライター。著書『夜の虹を架ける』など。

◆もう1冊 

門馬忠雄著『全日本プロレス超人伝説』(文春新書)

関連キーワード

PR情報