失われる五輪の理念 海外観客不在でできることは

2021年3月21日 06時00分
 東京五輪・パラリンピックで海外からの一般客の受け入れを見送ることが20日、正式に決まった。新型コロナウイルスの感染拡大、感染力が強いとされる変異株の出現や世論の不安が大きく、安心安全を考慮したもの。海外からの観客がいない大会は、五輪の理念からすると、どうなのか。(森合正範、中川耕平)

◆異文化交流あっての五輪

 大会を通しての国際交流や異文化理解の促進は五輪の大きな特徴だが、その機会が損なわれかねない。
 五輪の理念に沿って、「世界から東京に異文化が集まり、人々の交流が生まれる。世界に日本を知ってもらい、われわれも世界を学び、観客同士がつながり合う。そういう中で競技が行われるのが五輪であり、世界選手権とは違う部分」。日本オリンピック・アカデミー名誉会長の笠原一也さんはそう語る。

五輪開会式で盛り上がる観客=2016年8月、リオデジャネイロで

 2000年シドニー大会では、チケットを持っていない現地の人たちが「オリンピックパーク」に集まり、異文化交流を楽しみ、五輪でしか味わえない雰囲気を堪能していた。16年リオデジャネイロ大会では、英語が苦手な地元の人とさまざまな国旗を手にした人たちが楽しそうに話していた。そういう光景を見てきた笠原さんは「五輪の精神は単なる競技会ではない。では、今回開催する意義は何ですか、となる」と話す。
 オリンピック・シンボルの重なり合う五つの輪は五大陸の団結を意味し、参加国や選手だけでなく、観客にも当てはまるという。前例のない1年延期を含め、「このままいったら、日本が五輪理念を壊したと言われかねない」と危ぶむ。

◆何ができたのかが問われる

 東京都立大・武蔵野大客員教授の舛本直文さん(五輪研究)は今回の決定について「アスリートファーストより人命ファースト。今の世界や日本の感染状況、変異株が広がっている状況では仕方のない判断になる」と理解を示す。その上で「観客はただ地元や母国の選手を応援して、大会を盛り上げるだけの存在ではない」と指摘。海外客不在の中で五輪特有の芸術作品の展示会や演劇公演などの「文化プログラム」をどう展開していくか、また異文化交流をどう進めるかが課題になるという。
 五輪憲章のオリンピズムの根本原則には「オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである」と記されている。アスリートが鍛錬の成果を競い合うだけが五輪ではない。1912年ストックホルム大会から48年ロンドン大会までは、スポーツを題材にした絵画や彫刻が「芸術競技」として行われた。そこに端緒をなす現行の文化プログラムは92年バルセロナ大会から名を変え、ホスト国に実施が義務付けられている。

五輪閉会式で熱狂する観客=2012年8月、ロンドンで

 舛本さんは「次善の手」として、国内在住の外国人を観客として迎え入れたり、選手とホストタウンの小中学生らがオンラインで交流したりできないかと提案する。「東京五輪が特例の大会として歴史に残ることは確実。五輪の教育思想、平和思想に照らし合わせて何ができたのか、何をしたのかが問われる。ただ競技をすることができたというのは五輪の価値を半減させる」と話している。

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