週のはじめに考える 自然の略奪から脱して

2021年3月21日 07時34分
 卵を多く産むメンドリを繁殖に回したら、産卵率は上がるでしょうか?−。何とはなしに上昇しそうな気がします。
 一九九〇年代に米国パデュー大学のウィリアム・ミューア教授が行った研究です。
 でも予想に反し、後続世代は卵を少ししか産まなくなりました。五世代目になると、檻(おり)の中に九羽いたメンドリのうち六羽は殺されました。残りの三羽もお互いの羽根をむしり合う凶暴ぶりでした。
 最多の卵を産むメンドリは、他のメンドリを攻撃して地位を保っていました。その攻撃性が世代間でバトンタッチされた結果なのだそうです。

◆「いびつ」が落とし穴

 人為的にいびつなことをすれば、思わぬ落とし穴がある−進化生物学者デイヴィッド・ウィルソン教授の「社会はどう進化するのか」(亜紀書房)の記述から、そう感じました。いびつなことは地球規模で蔓延(まんえん)しています。
 例えば電気自動車に使われるリチウムイオン電池にはリチウムが必要です。南米チリが最大産出国ですが、リチウムを含んだ地下水を大量にくみ上げ、蒸発させることで採取しています。
 でも結果的にフラミンゴの個体数が減少するなど生態系ばかりか、人々の飲み水にも影響を与えているそうです。
 この電池にはコバルトもやはり不可欠ですが、アフリカのコンゴ民主共和国で採掘されます。大規模な採掘で水質汚染など環境破壊を引き起こしているばかりでなく、奴隷労働や児童労働がのさばる結果も招いているそうです。
 つまり環境対策のための電気自動車なのに、電池の原料を得るために環境を破壊するという「いびつ」さです。
 これらの事実は、大阪市立大の斎藤幸平准教授が著した「人新世(ひとしんせい)の『資本論』」(集英社新書)に教えられました。

◆注目を浴びる「資本論」

 同じような「いびつ」な出来事は、探せば地球全体にありそうです。ウィルソン氏の著書は、進化論から社会変化の適応を考察していますが、メンドリのエピソードからは経済を動かす効率性の信奉にふと疑問を抱かせます。
 斎藤氏の著書は、ずばり資本主義システムそのものに疑問を抱かせます。地球は有限なのに、際限なく富を求め続ける資本主義は持続可能なのかと…。
 月刊「文芸春秋」の四月号には「マルクス『資本論』が人類を救う」の見出しがあります。一月にNHKの番組「100分de名著」でも「資本論」が取り上げられました。ともに斎藤氏が語っています。まるで社会現象です。
 実は十九世紀の思想家カール・マルクスが残したノートなどから、晩年には地質学や植物学、化学、鉱物学など自然科学を猛勉強していたことが近年、分かってきました。埋もれていたエコロジカルな資本主義批判が今、スポットライトを浴びているのです。
 「資本主義の暴走のせいで、私たちの生活も地球環境も、めちゃくちゃになっている」
 斎藤氏がNHKのテキストに記した言葉です。確かに温室効果ガスによる地球温暖化は、産業活動が引き金です。それに伴う熱波や集中豪雨、巨大台風が先進国をも苦しめています。
 森林破壊は土壌や河川の汚染、山火事まで引き起こします。生物多様性も失われます。不具合が連鎖的に地球上で起きているのです。
 「私的所有と利潤追求のシステムでは、地球環境を持続可能な形で管理することが著しく困難になっているからです」(斎藤氏)
 晩年のマルクスは自然の持続可能性と、人間社会の平等の連関に気づいたのだそうです。富が偏在すれば権力関係が生まれ、それを利用した人間が自然の略奪を行うからだと−。十九世紀からの驚くべき予言に聞こえます。
 環境問題でなくとも、人を豊かにするはずの経済理論が1%の富裕層と99%の庶民に切り分けることを知っています。もはや貧困は多くの人に切実な問題です。
 人間も生物であるなら、進化の過程にあるでしょう。でも、本当に英知を持つ生物ならば、社会進化のあり方も考えられるはずです。どんなシステムなら将来もわれわれに生存を許すのかと…。

◆凶暴なメンドリには

 少なくとも自然を略奪し、地球を食い尽くすような不道徳にはもはや手を染めたくないはずです。自分で自分の首を絞めるようなものですから。同時に途上国にツケを回すようなやり方も人道的でありません。
 環境破壊が進み、地球レベルで食料危機、水不足が進んだとき…。あたかも凶暴なメンドリのように、殺し合う人類へと進化してはたまりませんから。

関連キーワード


おすすめ情報