<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (23)厄災…その割り切れなさ

2021年3月22日 07時31分
 東日本大震災から十年、被災した人々のその後を追ったテレビのドキュメントをぼんやりとみた。
 避難所となった民宿の子が、出逢(であ)った看護師の言動に心うたれ、十年後の今は自身も看護師になっていた。原発事故の影響で農場を手放さなければならなくなった男は、今は除染の仕事に従事していた。
 現在の彼らは笑顔もみせた。言葉も前向きなものだったが、なんだろう、かすかに静かな気配があった。
 たとえば病院でたまたま出逢った看護師に感動したとか、過疎で牧場を手放した人の十年を追っても、先の彼女らと同じ言葉が出ただろうが、その抑揚はもっと自信に満ちたはずだ。報道する側も、紋切り型の感動的な言葉でまとめるのだが「そう言うしかないから紋切り型を言うけど」という調子で、常にどこか自信なさげだ。
 報道陣も含め、全員が大地に撹拌(かくはん)され、身近な人を亡くし自分も怖がりながら生きたから、十年経(た)ってもなお、言葉で簡単にまとめてしまうことを全員がためらっている。
 漫画もためらう?
 漫画は昔から率先して残酷な厄災を描いてきた。一九七〇年代の『デビルマン』のころから殺戮(さつりく)と終末が描かれたが、それは大仰で劇的な「強い」表現でもあった。八〇年代の『AKIRA』の中では東京が「二度も」滅ぶ。二作とも今なお愛される傑作だが、景気のよさに似たエネルギーも感じ取れる。

藤本タツキ『チェンソーマン』 *第1部は『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載終了。第2部はウェブ漫画誌『少年ジャンプ+(プラス)』で連載予定。既刊11巻。

 最近のヒット作『チェンソーマン』は、親の借金を背負わされ、底辺で暮らす少年がデビルハンターとなり、市民に害をなす悪魔と戦う。彼を雇った組織の上官には秘密があり、やがて凄絶(せいぜつ)なバトルになる。
 敵をぶった切る描写は血みどろのスプラッター。スピーディーに、無表情なまま格闘が展開するが、たった一人の悪魔を殺すために放った攻撃に巻き込まれた膨大な死者をフルネームで淡々と、何ページにもわたって列挙する場面(行為?)には妙な既視感がある(我々(われわれ)は現実に、そのように簡単に大勢を見送らなければいけないときがあった)。不謹慎スレスレの、『デビルマン』の時代にはなかった、表現の更新だ。最新刊ではおびただしい十字架の墓標の前で一つ決着がつき、主人公はやはり、自信ありげとはいえない笑顔をみせた。

武富健治『古代戦士 ハニワット』 *『漫画アクション』(双葉社)で連載中。既刊6巻。

 もう一作『古代戦士ハニワット』は突如現れた巨大な土偶(ドグーン)と、ハニワ型の装具をまとって戦う戦士「埴輪徒(はにわと)」との活劇。
 ドグーンは理不尽な攻撃で人を簡単に殺すし、攻撃も効かない恐ろしい存在だが、漫画として面白いのは、土偶だからか移動が遅いこと。

神輿の中で精神力を高める埴輪徒。土偶を迎え撃つには作法に従った準備が必要で時間がかかる=武富健治『古代戦士ハニワット』第6巻から

 機動隊は至近を包囲しながらなにも出来(でき)ず、ひたすらに緊張を高めていく。土偶を迎え撃つハニワ側も、準備に時間がかかる。古来根差した作法に従って、巫女(みこ)たちが舞い、神輿(みこし)の中で選ばれた埴輪徒が精神力を高める。両者ががっぷり四つに組むまでに何十ページも見守る、なんとスローな活劇か!
 不可解なドグーンを、退治するのでなく、相手をして鎮めてあげるのだという「思想」と、目の前の悲劇に憤激する人間らしい「激情」とのぶつかり合いも描かれ、ドキドキで胸が痛くなる。現実に被災した人々の、割り切れなさを内包した笑顔が、今の漫画の中にも同様に表れている。
 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

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