戦争の爪痕から考えて 足立に残る防空壕、最後の公開 老朽化進み来月取り壊し

2021年3月23日 07時15分

茂出木さんの自宅敷地にある防空壕。外の光がほとんど入らず、昼間でも暗い 

 太平洋戦争中、足立区新田1の民家敷地内に造られた防空壕(ごう)が、老朽化のため4月に取り壊されることになった。戦争について考えてほしいと、壕(ごう)所在地に住む不動産管理業、茂出木(もでぎ)庄一さん(74)が20、21日の2日間、地元住民に公開した。
 防空壕は明治時代に建てられた蔵のそばに入り口があり、地下へと十段ほどの階段が続く。地上部分に低い盛り土があり、地表からの深さは二メートル程度。広さは大人が十人ほど入ると満員になるくらいで、高さは約一・五メートル。成人だと真っすぐ立つことさえ難しい。
 茂出木さんによると、防空壕は一九四三年に造られたという。周辺は化学工場が多く、戦時中は度々空襲の標的になった。防空壕は蔵と同じレンガが使われており頑丈で、空襲の度に茂出木さんの祖父母や母親、姉ら家族が逃げ込んだという。
 戦後生まれの茂出木さんは防空壕に避難した経験はないが、祖父母から何度も戦時中の話を聞かされた。戦争や空襲について知ってもらいたいと、数年前から地域の小学校児童らに防空壕を公開してきた。
 だが、蔵の老朽化が進み改修費用も多額になるため、蔵と一緒に防空壕も壊すことに決めた。
 取り壊し前の最後の見学会には、地域の人や子どもたちが大勢訪れた。近くに住む会社員の男性(43)は「防空壕に入ったのは初めて。思ったより広かった」と語った。
 茂出木さんは「壊すのはもったいないと言ってくれるのはありがたいが、仕方がない。当時の状況を知る機会になればうれしい」と防空壕を見つめた。 (砂上麻子)

自宅の敷地に残された防空壕の入り口に立つ茂出木さん=いずれも足立区で


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