「遊び」で守る 奥多摩の林業 木の遊具で“木育”

2021年3月24日 07時03分

奥多摩町にある「東京・森と市庭」の社有林での木育遠足(菅原和利さん提供)


 「遊び」をキーワードに東京の林業再生に取り組む会社がある。奥多摩町に本社を置く「東京・森と市庭(いちば)」だ。多摩産材で幼稚園・保育園向けの遊具を製作・販売し、二〇一八年度に黒字化を達成した。この事業を引っ張る営業部長、菅原和利さん(33)は、幼児期から木に親しむ「木育(もくいく)」、そして「遊び」を大切にするライフスタイルを提唱する。

木の園庭遊具で遊ぶ羽村まつの木保育園の子どもたち(菅原和利さん提供)

 羽村市にある「羽村まつの木保育園」には、高さの異なるいくつかのウッドデッキを階段でつないだような園庭用大型遊具がある。園児たちは、はだしになってみたり、丸太を水拭きしてぬらしてみたりと、どうやったら斜めの丸太を歩いて上れるか工夫をこらす。
 遊具は昨年十二月に森と市庭社が納入した。同園保育士の中村鮎美さん(37)は「新しい遊びが子どもたちの中からどんどん生まれている」と目を細める。同社の遊具を使っている別の園の保育士も、ヒノキやスギの質感、色を生かした遊具が「子どもの感覚を研ぎ澄ましてくれる」と話す。

多摩産材で作られた木馬

 同社は最初から「遊び」を事業の柱にしていたわけではない。一三年の設立直後は企業向けのDIY床材などを売り出したが、手応えはいまいち。菅原さんは「多摩産材をオフィス内装に使う必要性を感じてもらえなかった」と振り返る。
 転機は一六年、保育園向けの遊具や家具製作を頼まれたことだ。自然体験を大事にする幼稚園、保育園は「本物の木」に価値を見いだしてくれた。幼稚園、保育園への営業を強化し、今では付き合いのある園は都内百カ所。園ごとに細かな要望を聞いて園庭の大型遊具や室内用のロフト、おままごとセットを手掛ける。菅原さんは「園長先生が開発部長ですよ」と笑う。
 林業再生のために、子どもたちと奥多摩の森をつなげる戦略も練る。納入した遊具のお披露目会では、園児たちに東京の木でできていることを説明する。奥多摩にある社有林での木育遠足や端材を活用したワークショップなど体験メニューもそろえた。「遊びをきっかけに森や木を身近に感じるライフスタイルが広まれば、林業も続いていくはずです」

「製材も自社でしています」と話す菅原さん

 菅原さんは法政大の学生時代、環境系サークルの活動で奥多摩に通った。自然の中での暮らしに魅力を感じる一方、産業が衰退し、人口が減る現状も知った。「奥多摩のために何かしたい」と卒業後に町に移住。地域活性化を模索し、起業も経て森と市庭社の設立に関わった。
 仕事と子育てに追われて「自分の人生、これだけなのか」とむなしさを覚えた時、幼いころに夢中だった「遊び」を思い出した。奥多摩の川や少年時代を過ごした小田原の海に釣りに出掛ければ、一気に気持ちが満たされ、仕事や暮らしも充実することに気付いた。
 「日本人は働くことで幸せになれると信じ、遊ぶことに後ろめたさを感じてきた。でも、楽しく生き生きした人の作る商品の方が魅力的だと思いませんか」
 仕事が最優先の価値観を転換するために「木育」を掲げる。目指すのは、子どもたちが森や木の中で、自分たちで遊びを作り出す原体験を持つことだ。「使い方の決まったおもちゃではないものを何かに見立てて楽しむ。木に触れて、そういう創造をしてほしい」
 大人には、仕事、暮らしと「遊び」が調和する生き方を提唱する。「豊かさよりも楽しさを追い求める人が増えれば、地域はもっと活気づく。たとえ人口が千人になっても、その地域が好きで楽しく生きている人たちばかりなら、そこは活性化しているんです」
 こうした考え方と学生時代からの奥多摩での体験をまとめた「自分の地域をつくる」(本の種出版)を一月に出版した。副題はこんな言葉にした。ワーク・ライフ・プレイミックス−。
<奥多摩町> 人口4962人(1日現在)。面積は東京都の10分の1に当たる約225平方キロメートル。94%が森林で、その半分近くが人工林。かつては林業が基幹産業だった。戦後復興の資材としてスギやヒノキが植えられたが、木材輸入の自由化を受け、昭和40年代ごろから安い外国産材に押されて衰退した。
 文と写真・林朋実
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