「私も同じ。大丈夫だよ」「不登校支援は私の使命」 3度の不登校経験を糧に養護教諭に転身

2021年3月28日 06時00分

「子どもたちのありのままを受けとめたい」と語る養護教諭の海老原千紘さん=神奈川県藤沢市で

 小、中学時代に3度の不登校を経験した海老原千紘ちひろさん(27)は昨春、千葉県内の公立中学校で養護教諭として新たなスタートを切った。ある日学校に行けなくなり、頑張って学校に戻っても、また不登校に。学校という場で働く自分の姿が、不登校に悩んでいる子どもたちへのエールになれば、と願っている。(石川修巳)

◆「私は普通じゃない」と悩む子に伝えたい

 養護教諭になる前、海老原さんは、大学病院や緩和ケア病棟で看護師として働いてきた。当時、平日の休みを利用して、自分が中学時代に通ったフリースクールでボランティアを始めたのが、転職のきっかけになった。
 そこには、かつての自分のように「私は普通じゃない」と悩む子どもたちがいた。学校に行っていない罪悪感と将来への不安。海老原さんは自分の経験を語り、「私も同じだよ」と伝えたかったという。
 「私が今やらなきゃいけないのは不登校支援だ、って使命感に駆られて」。看護師を辞めて大学に通い、2020年4月に養護教諭になった。

◆転校しても泣き暮らし「人生終わったな」

 海老原さんが不登校になったのは小学6年の時。卒業間近の2月にあった縄跳び大会で、先生に誤解されてみんなの前で怒られた。「ずっとおなかも痛いし、全部嫌になっちゃって」
 中学校は学区外を選んだけれども、女子の人間関係に悩んで再び不登校に。2年から転入した私立中学校でも、周りに気を使うのに疲れてしまったという。
 当時を振り返ると、「泣くか、寝るかの日々。もう人生終わったなって」。母が心配して、不登校から復学した誰かの話をして励ましても、「その子は普通。でも、私は普通の子じゃないから」と反発した。

◆共感してくれる人に救われた…今度は私が

 転機は、母が見つけた千葉県柏市のフリースクール。そこで出会ったボランティアの女子大学生は「私も学校に行けない時があった」と明かし、「話を聞くよ」とありのままの自分を受け入れてくれたという。

フリースクールに通っていた当時、10年後の自分に宛てた海老原さんのメッセージ

 「不登校は、私の中の嫌な部分だと思っていた。でも、共感してくれる人がいるんだと思ったら、すごく救われて」と海老原さん。その後、併設の通信制高校を経て看護大学に進み、今がある。
 この春で養護教諭になって1年。「生徒との会話がすごく楽しい。あれだけ学校が嫌いだったのに」。居場所がないと悩む子どもたちとも、積極的に関わるようにしているという。
 道しるべは、不登校だった自分自身の経験だ。「あの時の私もそう。だから、今度は私がありのままを受け止めたい。大丈夫だよって」

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