マイノリティーは選挙に来なくたっていい!? 米地方議会で広がる「投票制限」

2021年3月30日 12時00分
 国民の投票権を抑制するか拡大するか―。米大統領選と連邦議会選を昨年に終えたばかりの米国で、共和党と民主党が激しく対立している。選挙で負けた共和党が来年の中間選挙で巻き返しを図るため、民主党支持者の利用が多い郵便投票を中心に投票行動を細かく制限する法案を各地の州議会に提出。「選挙の不正を防ぐ」ことを名目としているものの、民主党は党の支持が多い黒人らマイノリティー(人種的少数派)の投票機会を奪う「抑圧行為」と激しく反発している。時代は人種差別が激しかった1950~60年代に逆戻りしたかのようだ。(アメリカ総局長・岩田仲弘)

◆投票所での飲食提供も処罰対象

昨年10月、ジョージア州の投票所で期日前投票の順番を待つ人たちに飲料水やスナックを無料で提供するボランティア女性(手前左)=岩田仲弘撮影

 ニューヨーク大ブレナン・センターによると、2月時点で全米50州のうち43州で250本以上の法案が提出されている。多くはトランプ前大統領が根拠もなく「不正の温床」と訴えた郵便投票に制限を設ける内容だ。
 例えば南部ジョージア州では、今会期中に16本もの関連法案が提出された。このうち25日に成立した制限法は、投票用紙の投函箱の設置数を減らすとともに、有権者が投票用紙を請求する際、運転免許証や州民登録証など顔写真付きの公的身分証(ID)の提示を新たに義務付けた。黒人ら低所得者層は車を所有せず、運転免許証を持たない人が多い実態などを見越した規定だ。
 IDそのものは無料で交付されても、取得に伴うコストがかさむ。米自由人権協会(ACLU)は、ID申請に必要な出生証明の取得費用やID発行場所までの旅費など「概算で75~175ドル(約8000~19000円)必要」としている。中には「自宅から最寄りの役所まで約270キロ」というケースもあり、高齢者や障がい者にとっても負担が大きい。ブレナンセンターの調査(2006年)によると、IDを所持していない有権者の割合は白人が8%だったのに対して黒人は25%に上った。
 ジョージア州の制限法は、郵便投票以外にも、投票所で並んでいる有権者に飲食物の提供を禁じる規定も盛り込んだ。記者は昨年10月、同州のある投票所で、選挙当日の混乱を避けようと期日前投票に訪れた人々の行列を目の当たりにしている。投票まで数時間待ち続ける有権者に、市民がボランティアで飲料水やスナックを無料で配り、簡易椅子まで貸し出していた。そうした行為が今後は犯罪の対象となり、罰せられるのだ。
 制限法が成立した日、就任後初めての記者会見に臨んだバイデン大統領は「これがアメリカか。うんざりだ。私の知っている共和党支持の有権者さえ軽蔑している」と、言葉の限りを尽くして批判した。

◆「黒人に対する公民権剝奪の動きと同じ」

アリゾナ州で選挙権拡大を目指し活動するオサキさん(前列中央)ら=Arizona Coalition For Change提供

 西部アリゾナ州でも規制法案の審議が進む。同州では現在、郵便投票を希望する有権者リストが整備され、選挙の際には自動的に投票用紙が送られる。共和党はこれに対して、連邦選挙で郵便投票を利用しなかった有権者を次回選挙でリストから除外する規定を法案に盛り込んだ。たとえ投票所で直接1票を投じた場合でも例外ではない。
 同州でマイノリティーの投票権拡大を目指す無党派NPO「Arizona Coalition For Change」の幹部でプエルトリコ系の血を引くアンドレス・ポルテラさん(26)は「この国で歴史的に行われてきた黒人に対する公民権剝奪の動きと根は一緒だ。1965年に人種差別を禁止する投票権法が成立したにもかかわらず、マイノリティーはいまだに次々と新たな障害に直面している」と憤る。

ビデオ会議システムでインタビューに答えるポルテラさん

 こうした改正案には、ストレートに郵便投票を禁止するのではなく、真綿で首を絞めるようにジワジワと有権者に圧力をかける狙いがある。細かい法改正に気付かなければ、投票しようにもできない可能性が出てくる。
 ポルテラさんの同僚の日系4世、アレクサ・リオ・オサキさん(30)は「有権者を選挙から何とか除外し、声を封じようという法案は民主主義に逆行し、非人道的だ。議会で何が起きているか、地域社会が情報を共有することが必要だ」と批判。会員制交流サイト(SNS)や戸別訪問を通して、立法化の動きを知らせるとともに、市民の声を届けるために公聴会や市民対話集会を議会に開くよう求める活動に取り組んでいる。

◆トランプ氏敗北で法改正に躍起

ビデオ会議システムでインタビューに答えるオサキさん

 共和党がジョージア、アリゾナ両州で法改正に躍起なのは、党の強固な地盤にもかかわらず、期日前投票が大幅に増加した昨年の大統領選でトランプ前大統領が敗北したからだ。
 特にジョージア州では、トランプ氏が、選挙を統括する州務長官に電話でバイデン氏を上回る票を「見つけて」結果を覆すよう要求。その直後に行われた連邦上院議員選の決選投票でも、共和党は現職2人が議席を失うという歴史的敗北を喫した。
 両州のように知事も州議会多数派も共和党が占め、法案を成立させやすい政治環境で法案を提出している州は他に19ある。各州で立法化されれば、民主党にとってはボディーブローのように効いてくる。
 ケンタッキー大のジョシュア・ダグラス教授(選挙法)は「選挙の結果は、候補者や公約が最良であったかどうかで決まるのであり、ルールで決められるようなことがあってはならない」と指摘。「不正投票があったという偽りに基づく規制の動きは、選挙に対する信頼そのものを損なう」と懸念する。
 民主党はこのため、連邦議会で各州の動きを封じる包括的な投票権法案を提出、多数派を占める下院で可決させた。
 上院(定数100)でも民主党は、ジョージア州の決選投票の結果、共和党と同じく50議席を獲得。賛否が同数の場合は議長を兼務するカマラ・ハリス副大統領が決裁票を投じるため多数派となった。ただ、重要法案を可決させるには最低60票を確保しなければならない。共和党から一定の賛成が必要で、現状ではこの法案が成立する可能性はないといってよい。
 1965年の投票権法が成立して半世紀以上たって、今なお差別を巡り同じ議論が繰り返されている。それほどこの国の人種と党派を巡る対立は激しく、解消する見通しはまったく立っていない。
 <いわた・なかひろ>1967年生まれ。95年入社。前橋、横浜両支局、政治部を経て2008~11年にアメリカ総局。千葉支局、外報部両デスクを経て19年5月から現職 Twitterアカウント@nakahiroiwata

PR情報

ウオッチ・バイデン政権の新着

記事一覧