泉麻人 絶対責任編集 東京深聞 《東京近郊 気まぐれ電鉄》 昭和おもいで電車(その4)『ローズピンクの西武池袋線』

2021年4月14日 12時04分

古写真に残された西武鉄道

 前回、わが生家から一番近い山手線の駅は目白…と書いたけれど、(前回参照)子供の頃の最寄り駅というと西武池袋線の東長崎、あるいは西武新宿線の中井だった。よって西武の電車はとりわけ親しみ深い。僕の幼年期から思春期にかけての西武線のカラーリングはくすみ気味のピンク(会社的にはローズレッドというらしい)とアイボリーのツートンに統一されていた。
 まずは西武池袋線の話からしよう。この連載でも昨夏の閉園直前に西武線の池袋駅から豊島園行きの電車に乗ったけれど、その1つ目の椎名町あたりからは、家から歩いても行ける“ご近所”のテリトリーになる。
 駅の上の山手通り(環6)の陸橋から、アドバルーンが揚がる池袋のデパートの景色をよく眺めた記憶があるけれど、わが父親が若い頃にこの陸橋上から西武池袋線の両方向をとらえた写真が2点手元に残っている。

戦後10年くらいの椎名町駅の様子。時代を感じる人々の服装もまた興味深い写真。(泉さんのお父様の所有写真)


 東方を撮影したスナップには惜しくも池袋のデパートのエリアは外れているが、古めかしい電車の背景に目白の学習院あたりの森が見受けられる。そして、西方を見下ろしたスナップには素朴な三角屋根の椎名町駅の右側に菓子屋や食堂がごちゃっと並び、こちらにも<池袋―保谷>の行先板を付けた電車がしっかり写っているから、父はわざわざ電車が来るのを待ってカメラを向けたものと思われる。この写真が見つかったのはもう晩年のことで、細かく尋ねなかったのが惜しまれるが、わが父にも“鉄好”のがあったのかもしれない。
 この写真、僕が生まれる昭和30年代初頭か昭和20年代終わり頃…と推定されるが、車両(1つはモハ241系、もう1つはモハ311系あたり)のカラーリングは、僕がなじんだピンク&アイボリーの前の赤茶&山吹色みたいな配色の時代だろう。人が写りこんだ駅前に和服の婦人やヤンキー(本物のアメリカ軍人)ムードの外国人姿が散見できるのが戦後10年くらいの時代を感じさせる。
 こんな古写真の景色を頭に仕込んで、椎名町から東長崎の方へ向けて歩いてみた。椎名町駅の東側は20年くらい前に山手通りが2倍ほどに拡幅されて、ずいぶん変わってしまったけれど、北側の狭い商店街の感じなどはさほど変化がない。崖上の長崎神社は秋の祭りのときに自転車で遠征してきて、じいさんが屋台車でやるお好み焼きの露店でパンカツ(食パンをカツに見立てて焼く)というものを味わった思い出がある。

山手通りの陸橋上から、東方を撮影した西武池袋線の電車。(泉さんのお父様の所有写真)

 ちなみにこの長崎神社の西側にあの「帝銀事件」の現場となった帝国銀行椎名町支店があった。昭和23年の事件だから、もちろん僕は知らないが、椎名町というと、ひと頃はまずこの戦後の大事件が連想された。いまはなんといっても「トキワ荘」である。
 昭和30年代当時は、南方にかけての南長崎一帯の町名も椎名町と付いていて、トキワ荘もその領域に存在した。そんな旧椎名町側の通りを西進していくと、小さな公園(南長崎公園)に“オバQの小池さんとラーメン屋台”を描いた書き割りが置かれていた。これは“ラーメン好きの小池さん”のモデルでトキワ荘にも住んでいたアニメーターの大家・鈴木伸一さんが自ら描きおろしたものらしい。そうか、この辺、往年のトキワ荘のすぐ裏手のあたりだ。

藤子不二雄の漫画「オバケのQ太郎」に登場する”ラーメン好きの小池さん”が南長崎公園に出没。トキワ荘にも住んでいたという鈴木伸一さん自筆の作品です。


やがて差しかかった東長崎の駅前(南口)は西友ストアーが高層マンションと合体した新しい建物になったものの、さほど変貌していない…と思ったら、駅の入り口横の交番がなんとトキワ荘風にリニューアルされている。これも、昨年訪ねたトキワ荘マンガミュージアムの開館に合わせて改築されたのだろうが、おもえば、薄赤の屋根とアイボリーの壁のトキワ壮風交番のカラーリング、昔の西武線とよく似ている。

トキワ荘風にリニューアルされた駅近くの交番。以前トキワ荘があった南長崎を中心に街さんぽするのも楽しみの一つ。

ところで、駅前の西友は僕が小学3、4年生の頃にオープンして、店の玄関先のブースでアメリカンドッグ(当時はフライドッグといったか…)というものを初めて食べたスポットなのだ。パンカツといい、アメリカンドッグといい、西武池袋線沿線は粉モノづいている。
 そう、西友ができるより以前、駅の北側にクレーンの塔が高くそびえる建設会社の基地のようなのがあった。母が幼い僕に「シライシキソ」と教えてくれたのだが、それが「白石基礎(工事)」いう会社の名と知ったのはだいぶ後のことで、しばらく「シライシキソ」のフレーズが謎めいた呪文のように耳に残っていた。
 駅のホームに立つと、そんなシライシキソのクレーンがよく見えた。僕がここから西武線によく乗るようになった頃の車両は、いわゆる湘南電車型の351系とフロントがカマボコをスパッと切ったように平ったい571系が主流だったが、父の写真にあるような国鉄払い下げの古くさい電車もたまにやってきて、そういう車内に木造の雰囲気が漂う旧車両が僕は好きだった。

都心から離れた場所での思い出

 家のすぐ先の目白通りを池袋に行くバスが何本も走っていたので、ここから上りの池袋行きに乗ることはあまりなかったが、西の郊外の方へはよく行った。豊島園や石神井公園、多摩湖、狭山湖の話は前に書いたけれど、もう少し遠方で忘れられない思い出が残っているのが、入間市の駅。
 この駅から近い(といっても地図で調べると4、5キロある)所に父が贔屓にしていたゴルフ場があって、夏の休場日に入れてもらってラフの雑木林でカブトムシ(もちろんクワガタやカミキリムシも)採りに明け暮れたのだ。小学3年生の夏に初めていった当時、駅名は豊岡町(とよおかまち)といった。神保町の書泉グランデの鉄道フロアーでおもわず買ってしまった「昭和~平成 西武鉄道沿線アルバム」という写真集に、ちょうどその時代の豊岡町駅の写真が載っていて、なつかしさがこみあげてきた。
 そうそう…こういう横長平屋の駅舎で、改札を出たすぐ前にバスやタクシー乗り場があったのだ。そして、このスナップからは外れているが、駅舎前の端っこの植え込みの花にジャコウアゲハというそれまで図鑑でしか見たことのなかった薄茶色のアゲハチョウがいくつも飛びまわっていて、興奮した。その場で網をセットして採ろうと思ったら、父がタクシーをつかまえてしまって「おい、早くいくぞ!」なんてせかされて諦めたのだ。帰路の駅前の草花(おそらくウマノスズクサだろう)にもうジャコウアゲハは舞っていなかった。
 さらに、もう少し先の飯能は近くにある小高い山、天覧山への遠足で行った。明治天皇が山頂から麓の近衛兵演習を視察した、とかいういわれのある標高200メートルほどの低山。これも小3の頃だったと思うが、山を登った後、麓を流れる名栗川に入って遊ぶというような内容だった。虫(小動物)好きの僕は、山頂のツツジの花あたりをクマバチがやたらと飛んでいた、ということと、まだけっこうな清流だった名栗川でカジカを見つけた…ということだけおぼえている。
 「天覧山と名栗川」のコースは、昭和40年代頃までの東京西部の小学校の定番遠足地だったようだ。
 西武池袋線の終点は飯能から高麗川こまがわぞいを山間に入った吾野あがのだったが、中学に上がった頃にさらに山を越えた秩父まで延伸された。ちなみに池袋線の終点はいまも吾野であり、西武秩父までは秩父線というようだが、ここを走る特急レッドアロー号のデビューは西武線沿線の少年にとって誇らしい出来事であった。

開通記念の乗車券。当時は池袋から西武秩父まで、290円でした。(泉さん所有)


僕が実際レッドアローに乗って秩父へ出掛けたのは、もう初代5000系が引退してニューレッドアローの10000系になっていた時代だが、中1の秋に池袋まで出向いて買った西武秩父線開通記念の乗車券(昭和44年10月14日)はいまも大切に保存している。
 秩父の山稜を背に初代レッドアロー号が描かれた乗車券を改めて眺めてみると、白地に赤帯、シルバーが目につくマスクのデザインはどことなくウルトラマン、ウルトラセブンの時代を彷彿させる。
 と、今回は池袋線の話でいっぱいになってしまった。新宿線の思い出話はまたいつか…。

PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売される。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/




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