図書館が教えてくれた<新宿共助>

2021年3月31日 07時14分

ギャンブル依存症の苦しみを語る男性=新宿駅西口で

◆新宿共助 食品配布の会場から

 二度目の緊急事態宣言が一都三県に出てから、最初の土曜日となった一月九日は風の冷たい日だった。
 無料の食品が配られる都庁前の会場に、ダウンコートを羽織り、赤くて荒れた手で米やバナナが入った袋を持つ男性がいた。福島県出身の四十一歳。「ギャンブル依存症なんです。こんな生活、もう十年もやっている」
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 昨秋まで、大阪府内のアパートにいた。アルバイトの面接に落ち「自分は何をしても失敗するだけ」と投げやりな気持ちになり、家を飛び出した。気がつくと東京にいた。新宿に来て、手配師から紹介された建築現場で働いた。「仕事をしたのは二年ぶりでした」
 だが、宿舎が汚れているのに耐えられなかった。年末に給料をもらうと現場を離れた。個室ビデオ店など転々としていたが「年が明けるとお金がなくなり…。それで路上生活を始めました」。新宿で無料の食品が配られていることは、暖を取ろうと入った中野区の図書館で入手した福祉情報冊子で知った。これが、初めての利用だった。
 「周囲の人たちに迷惑をかけてばかりいた。もう誰とも関われない」
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 大阪では生活保護を利用しながら通院してギャンブル依存症の治療を受けていた。「現金が手元にあるとパチンコやスロットに使ってしまう。生活保護費の支給日が近づくと、気持ちが高揚する。自分のことが『操縦不能』になった」
 ギャンブルを始めたのは高校を卒業したころ。就職してからさらにのめり込んだ。仕事のとき以外はいつも一人だった。孤独の時間はパチンコの大当たりの興奮が癒やしてくれた。「消費者金融からの借金が膨らんだ。それでもギャンブルはやめられなかった」。五百万円に上る借金は親戚などに肩代わりしてもらった。
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 真面目に働こうと思い、福島県で新規就農者の育成研修に参加したら、福島第一原発事故が起きた。講師役の農家から「放射能で当分、農業はダメだ」と言われた。希望を打ち砕かれ、関東で再就職したが、また半年後にギャンブルに手を出した。「それからです。生活保護を受けたり、路上生活をしたりの繰り返しになったのは」
 でも、図書館という場所を発見した。たまたま寒い日に入っただけなのに、新宿の食品配布会場のことを知った。手に取ることはなかった多くの本に触れ、社会問題についての知識が深まった。「大学へ行けばよかった」と言う男性に「今からでは」と返すと、険しかった表情が初めて緩むのが見えた。 (中村真暁)=随時掲載

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