木更津・金鈴塚古墳で国内初 石棺に採石痕の「矢穴」確認 「日本の石材加工史に貴重な発見」

2021年4月1日 07時14分

金鈴塚古墳の石室に安置された石棺。右側面に矢穴の痕跡が確認された=木更津市長須賀で

 木更津市は、同市長須賀の金鈴塚(きんれいづか)古墳(六世紀末〜七世紀初頭)について、最新の撮影技術で解析した結果、横穴式石室に安置された石棺に、石材を割るために掘られた「矢穴(やあな)」の痕跡が二カ所確認されたと明らかにした。市によると、国内の古墳の石棺で矢穴が見つかるのは初めて。市は「日本の石材加工技術史を考える上で非常に貴重な発見」としている。 (山田雄一郎)
 金鈴塚古墳の発掘をめぐっては、木更津市が一九五〇(昭和二十五)年に大規模な調査を行っているが、新たな市史を編さんするため、昨年六月に石室と石棺の状況を精査した。撮影した多数の写真を解析し、その視差を利用して形状を復元する三次元形状復元技術(SfM/MVS)で、肉眼だと見落としやすい矢穴の痕跡をとらえた。

石棺の三次元計測画像。上の画像は石室入り口から見た場合、左側が石棺前部、右側が後部に当たり、▼は矢穴の位置を示す。左下の拡大画像に矢穴の痕跡があり、右下の拡大画像からは凹凸が平たんに加工された様子がうかがえる(いずれも市提供)

 矢穴は石棺の右側面にあり、二つとも長さ十センチ、幅五センチほど。石材に穴をあけ、くさび状の工具の刃先で穴の底部を割り、石を採取する技法を用いたとみられる。同じ側面には表面の凹凸を手斧(ちょうな)のような工具で平らに加工した痕跡も見つかった。
 石棺は埼玉県秩父地方で産出する緑泥片岩(りょくでいへんがん)で造られており、割れやすい性質から加工に適したと推定されている。
 木更津市が日本中世史の採石・加工技術を研究している公益財団法人「元興寺文化財研究所」(奈良市)の担当者に確認を依頼したところ、「矢穴で間違いない」と裏付けが取れた。今後、国や県にも調査結果を報告する。

◆石工の基本的技術 発見喜ばしい

 木更津市史編集委員会委員長の杉山林継(しげつぐ)国学院大名誉教授の話 矢穴の痕跡が三次元計測写真で見えたことは、今日まで続く石工の基本的技術であり当然のことと思われるが、現実には確実な例が示せなかった。新たな発見は大変喜ばしい。今後どのようにして北武蔵の地からこれらの石材が運ばれてきたのか、研究が進めば興味深い。
<金鈴塚古墳> 前方後円墳末期の築造とみられ、墳丘の全長は約100メートル。1950年の発掘で横穴式石室から金製の鈴5個が出土したことにちなみ名づけられた。金鈴や朝鮮半島由来とされる装飾付大刀(たち)などの遺物は国の重要文化財に指定されている。古墳は崩落の恐れがあり、修復工事中。

崩落の恐れがあるため修復工事中の金鈴塚古墳=木更津市長須賀で


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