<がん治療の新常識・手術して20年 「今」を見てみたら>(1)「こんなに切除」あの日の衝撃

2021年4月1日 07時21分
 「癌(がん)」という言葉は、その字の形や発音から忌まわしい印象を受けてしまう。呼び名を「ポン」に変えれば、告知されてもさほど落ち込まないんじゃないか、と言っていた人がいた。言い得て妙だなと思う。私が直腸がんの手術をしてから20年。腸閉塞(へいそく)の症状に今も悩まされる。2人に1人ががんになる時代に、大腸がん治療の最前線を取材すると、ロボット手術の登場など驚きの連続だった。 (瀬口晴義)
 直腸にがんが見つかったのは、会社の健診の便の潜血検査がきっかけだった。三十六歳。社会部で事件を追っていた。精密検査を受けよと上司から強く促されなければ、痔(じ)の出血だと放置していた可能性が高い。
 内視鏡検査が上手だ、と紹介を受けた東京・四谷の「胃腸病院」で精密検査を受けたのは二〇〇〇年の年末だった。明治二十九年開院、夏目漱石や秋山真之も入院したことがある歴史ある病院だ。直腸に二センチ強のポリープがあった。当時は内視鏡で取れる大きさではなかった。
 病理検査の結果は悪性だった。直腸の一部とS字結腸、周辺のリンパ節を全部切除する「低位前方切除術」という手術をすると説明を受けた。覚悟はしていたが、切除範囲の広さに衝撃を受けた。もう少し低い位置だったら人工肛門になると言われた。「まず転移はないでしょう」との言葉に早期発見でよかった、と安堵(あんど)したものの、病院を出た時の景色がいつもと違ったことを覚えている。
 念のため別の病院でセカンドオピニオンを求めると「標準的な手術ですね。もう一年遅かったら肝臓に転移していたかもしれない」と脅された。
 執刀は田中岳史先生が担当してくれた。順天堂大の出身で学生時代はアイスホッケー部で活躍したと看護師さんが教えてくれた。当時、四十一歳。外科医として脂の乗りきった年齢だ。病状について丁寧に説明があり、穏やかな口ぶりに不安はなかった。
 手術は二時間十八分で終了。麻酔がさめると激しい寒けが襲ってきた。ぶるぶる震え、何枚も毛布をかけてもらった。二週間後、病理検査の結果を告げられた。がんは直腸の表面だけでなく固有筋層と呼ばれる部分まで浸透していたが、リンパ節への転移もなく、ステージIの分類だった。
 以来、二十年間、再発はしていない。ただ、つらいのは腸閉塞の症状が時々起きることだ。最初の入院は術後七年たっていた。朝から腹痛が治まらず、午後に近所のかかりつけ医がいる内科でエックス線検査を受けた。写真を見た医師はこう言った。
 「きのう、しらたきとか食べなかった?」。確かに前夜、おでんを食べた。熱々のしらたきをかまないで飲み込んでいた…。

関連キーワード

PR情報

シニア・介護の新着

記事一覧