過去を引き受け未来へ『おれたちの歌をうたえ』 作家・呉勝浩(ごかつ・ひろ)さん(39) 

2021年4月4日 07時00分
 編集者との打ち合わせで影響を受けた小説を聞かれ、初めてお小遣いで買った藤原伊織さんの直木賞受賞作『テロリストのパラソル』(一九九五年)を挙げた。爆弾テロに遭った男が事件の真相を探るうち、大学紛争に関わった過去へとつながる物語。
 読んだ後、中学生の心には、積み残したものがある男の姿と挫折への憧れが残った。「闘った人しか挫折はできないわけで。僕は闘う場も、理由もなかったから」。編集者に「呉さんの『テロリスト−』を書いては」と提案され、自身最長となる約六百ページの大河ミステリーが生まれた。昭和、平成、令和を生きる男の人生をたどり「人間ひとりの歴史を読んでもらおうと」。
 物語は令和元年、元刑事河辺が故郷・長野の幼なじみ、佐登志(さとし)の死を知らされて始まる。佐登志は昭和四十七年、ある一件を機に「栄光の五人組」と呼ばれた仲間の一人。松本市内のアパートに横たわる遺体には殺された痕跡があり、電話をよこしたチンピラの茂田から永井荷風の文庫本を渡される。そこには佐登志が書き残した詩があった。
 河辺と茂田が詩の謎を追う中、物語は過去にさかのぼる。昭和五十一年、五人組の一人の姉が殺され、続く悲劇によって仲間はバラバラになってしまう。平成十一年には事件を元に脅迫を受けて再会するが、苦い現実が明らかになる。河辺は佐登志を殺した犯人を捜しながら、四十三年前の真相に再び向き合っていく。
 「書きたかったのは過去を引き受け、未来へとつなげていく姿。過去にとらわれるのは健全ではないが、忘れられるほど合理的でもない。全部を捨てる生き方に、僕はひかれなかった」
 自分なりに各時代をとらえて書き進めたが、現代が一番難しかったという。仮説の一つが、河辺をはじめ多くが「親になれない時代では」。連綿と培ってきた知恵や良識を切り捨て、責任を持ったり、継承したりすることに「おびえている感覚」。河辺は、この時代をどう生きるのか。彼が慕った大人や、三十歳以上若い茂田との関わりで示した。
 青森県八戸市出身。大阪芸術大に進み、二〇一五年にデビュー。プロットなしで書き進めるが、人間の感情を丁寧に描いて魅了してきた。直木賞候補になった前作『スワン』をはじめ「理不尽に抵抗する人」がテーマの一つ。「僕は(理不尽に)簡単に折れちゃうから。だから憧れるし、書きたいんです」。文芸春秋・二二〇〇円。 (世古紘子)

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