<くるみのおうち> (2)自閉症と診断されて 笑顔を大切に育てよう

2021年4月4日 07時11分

ドイツの自宅の庭を走る当時4歳の直樹さん=2005年撮影(太田修嗣さん提供)

 「直樹君には障害があるかもしれません」。スポーツセンターの幼児教室でそう告げられたのは、息子が二歳の時。集団での活動に参加できないことがその理由でした。
 私は当時、仕事に燃えていました。一年間の米国留学を経てキヤノンに入社し、夢は「世界に通用するビジネスマン」。入社の年に大学の同級生だった女性と結婚、ほどなく息子も授かり、円満な家庭生活を送っていました。
 当時を振り返ってみると、息子はフェンスにつかまってあるものをじっと見ているなど、「おやっ?」という場面はありました。ただ、初めての子で「こんなものなんだろう」と思っていました。
 そこへ突然、障害の可能性を指摘されて全身がざわざわしました。「まさか」という戸惑いや焦り、怒り、不安。「そんなことありませんよ」と言ってもらいたくて、小児科を四、五軒回っても「様子を見ましょう」と言われるばかり。
 診断がはっきりしないまま、ドイツへの異動の内示がありました。念願の海外勤務のはずが、息子の成長が気がかりで素直に喜べませんでした。悩んだ末、家族で仲良く一緒に過ごせてさえいれば大丈夫だろうと考えて、家族での赴任を決断しました。
 赴任前には、息子に三歳児健診を受けさせるかどうか迷って、結局見送りました。「障害児」のレッテルを貼られるのが嫌だったのです。
 ドイツでの当初の生活は困難を極めました。息子は環境の変化に戸惑い、散歩も買い物もままならない日々。知り合いはおらず、親子で孤立していました。
 何とか生活が落ち着いたころ、息子は現地の幼稚園に通い始めました。しかし約半年後、日本人幼稚園への転園を勧められました。「言葉に遅れがあるため」とのことでした。
 私たちは、現地の児童精神科を受診しました。後日、診断結果を聴くために幼稚園を訪れると、園庭にいる息子を見つけました。元気に、笑顔で、楽しそうに駆け回る姿を見ていて、私はこう思いました。
 「もう障害があろうとなかろうと、どちらでもいいじゃないか。彼のこの笑顔を大切に、育てていこう」。そう思えた瞬間、どんな結果も受け入れる覚悟ができました。
 医師に告げられた診断名は自閉症。息子が四歳半の時のことでした。 (太田修嗣・NPO法人「くるみ−来未」理事長)
 ◇次回は十一日に掲載予定
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