「幻の戦闘機」貴重な資料 旧日本陸海軍開発「秋水」 実験場の写真、部品初公開

2021年4月4日 07時11分

横須賀美術館に展示された資料を説明する平田さん(左)と佐久間さん

 第二次世界大戦末期、旧日本陸海軍が共同開発したロケット戦闘機「秋水(しゅうすい)」の歴史などを紹介する展示が横須賀市の横須賀美術館で行われており、これまで見つかっていなかった陸軍のロケット噴射実験場で撮影された写真とエンジン部品が初公開されている。専門家は「いずれも秋水研究を前進させる貴重な資料」と話している。 (村松権主麿)
 秋水の開発は一九四四年七月、ドイツから運ばれた資料をもとに始まった。高度一万メートルまで三分半で上昇し、米軍爆撃機B29の迎撃を目指した。翌年七月に同市追浜(おっぱま)の海軍飛行場で試験飛行が行われたが不時着、大破して失敗。終戦を迎えて実戦配備に至らず、「幻の戦闘機」と呼ばれる。
 戦後、米軍が機体三機やエンジン、関連資料を接収したが、資料の大半は接収前に焼却されたという。国内では、製造を担った三菱重工業が、横浜市の地中で発見された胴体部分などをもとに秋水を復元したが、残された資料は少ない。
 エンジンの開発をした噴射実験場は長野県松本市の松本明道工業学校(現松商学園高)に設けられ、技術将校として携わった横須賀市の平田啓助さん(故人)が写真と部品を保管していた。没後は長男の直俊さん(68)が受け継ぎ、横須賀美術館の展示に協力した秋水研究家の佐久間則夫さん(66)=同市=が直俊さんに遺品の貸し出しを求めた。
 実験場で撮影された白黒写真は複数あり、終戦二日後の日付が書かれた集合写真は、技術将校や下士官、動員学徒、臨時採用の女性ら開発関係者とみられる二百人以上が並ぶ。啓助さんがエンジンの横に立つ姿や、試験前後のエンジンを写した写真などもある。
 金属製の部品は、燃焼室に燃料などを噴射する「噴射器」で長さ七・五センチ、最大直径四・五センチ。現在も弁がバネで動く。国内で確認された三点目のエンジン部品で、動くものは初めて。
 秋水研究の第一人者、柴田一哉さん(59)は「写真は『松本実験場の秋水』を解明する歴史的な発見。部品は今後、材質や内部構造の確認が進むと、実用レベルに達していたかなども分かる」と指摘する。提供した直俊さんは「松本の写真が貴重と聞き驚いている。公開できてよかった」と話している。
 写真と部品は、十一日まで開かれている企画展「ヒコーキと美術」(一般千円など)に関連する「横須賀海軍航空隊と秋水」のコーナーに展示されている。五日休館。問い合わせは同美術館=電046(845)1211=へ。

初公開された燃料などの噴射器=いずれも横須賀市で


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