パラ「二刀流」で東京も北京も アルペンスキー「金」の村岡桃佳選手が車いす陸上に挑戦

2021年4月5日 12時00分

スキー大会の翌週末、陸上の大会に出場する村岡桃佳選手=東京・駒沢陸上競技場で(隈崎稔樹撮影)

 今夏に東京パラリンピック、その半年後の2022年3月に北京冬季パラリンピックが迫る。両大会の出場を目指し、アルペンスキー平昌パラ金メダリストの村岡桃佳選手(24)が、2年前に始めた車いす陸上との「二刀流」に奮闘している。コロナ禍による東京大会延期で夏冬パラが立て続けに開催され、両立のハードルは上がったが、「陸上でパラに出る」は幼い頃の夢。異例の挑戦を続ける。 (兼村優希、神谷円香)

陸上の大会で100メートルを制して笑顔を見せる村岡桃佳選手=東京・駒沢陸上競技場で(隈崎稔樹撮影)

 先月9~12日、長野でスキー大会に出場。チェアスキーに乗って計6レースをこなし、うち5レースを制した。2日後には陸上の練習拠点の岡山で調整。20、21日は東京であった陸上の大会で3レースに出場した。両競技を「行ったり来たり」の強行軍だ。
 どちらの大会も出ないわけにはいかなかった。スキーは北京パラの国別出場枠、国内の代表争いに影響する大会。陸上に専念していたため雪上では2年ぶりの実戦だったが、滑りの現状を確認できた。陸上も東京パラ出場を左右するランキングを上げる機会だった。代表を狙う100メートルで好記録を出せずランクアップはならなかったが、車いすをこぐ新しいグローブを試し、「慣れれば記録につながる」と手応えを得た。

◆「あきらめたくない。最後まで挑戦したい」

 21歳で出場した18年平昌パラで、日本勢冬季史上最年少の金を含むメダル5個を獲得。大会後、陸上にのめり込んだ。翌年に東京パラ挑戦を決意し、岡山のクラブチームでトレーニングを積む。東京までは陸上に集中し、終了後にスキーに復帰する―。そんな青写真を描いていた。

アルペンスキーの大会で滑走する村岡桃佳選手=長野県・菅平高原で

 ところが20年3月、東京大会延期が決まる。北京の半年前にスキーを再開していては間に合わない。「どうしよう」。二刀流を続けるか迷いに迷う中で、自然と思いがわきあがった。
 「あきらめたくない。最後まで挑戦したい」
 4歳のとき、病気で突然歩けなくなった。小学2年の頃、父の誘いで車いすスポーツの体験会へ。スキーよりも先に出合ったのが陸上だった。成長が記録に表れるのがうれしく、ふさぎがちだった自分が変わった。「陸上でパラに出てみたい」。あの頃の夢を東京でかなえるチャンスを、つかみたかった。
 陸上で鍛えた上腕や肩周りは厚みを増した。所属先の先輩でチェアスキーの第一人者、森井大輝選手(40)は「滑りに安定感が出るのでは」とみる。日本障害者スキー連盟の大日方邦子強化本部長も「基礎体力が上がり、メンタル面も成長している」。二刀流の相乗効果が生まれつつある。
 今月も長野でスキー、その翌週末に香川で陸上と、大会を転戦する。それでも「体力的にはしんどいけど、気持ちの切り替えは難しくない」と語る。苦しいのは覚悟の上。「自分で決めたからには、やり遂げる」

 ▽村岡桃佳(むらおか・ももか) 埼玉県深谷市生まれ。4歳の時、病気による脊髄損傷で下半身がまひし、車いす生活となる。中学時代に本格的にチェアスキーを始め、2014年ソチ・パラリンピックに初出場。18年平昌パラで大回転(座位)の金に加え、銀2個、銅2個のメダルを獲得した。19年5月に陸上挑戦を表明。20年1月の国際大会100メートル(車いすT54)で16秒34を出し、東京パラ出場圏内のランキング6位につける。トヨタ自動車所属。

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