希望の在りか 2021春

2021年4月6日 08時11分
 春たけなわ。入学式や入社式など本来、新たな出発をことほぐ季節のはずが、新型コロナウイルスが依然、至る所に影を落としている。われわれは、この状況とどう向き合えば、日々喜びを見いだしていけるのだろうか。

<幸福度ランキング> 国連が「国際幸福デー」と定めた3月20日ごろに「世界幸福度報告書」を発表している。ランキングは、約150の国と地域を対象にした米調査会社の世論調査を基に▽1人当たりの国内総生産(GDP)▽社会的支援▽健康寿命▽人生選択の自由度▽政治腐敗のなさ−など六つの指標を加味した。今年の上位は(1)フィンランド(2)デンマーク(3)スイス(4)アイスランド(5)オランダ。日本は昨年の62位から56位になった。最下位はアフガニスタン。米国は19位、中国は84位だった。 

◆生き方変える機会に 医師、作家・鎌田實さん

 ウィズコロナの時間が長くなり、コロナ疲れが出てきています。内科外来で診ていると、高齢者の虚弱、認知機能低下がみられます。コロナうつは、年齢を問わず広がっています。
 いま大事なのは、体を動かすこと、太陽に当たること、タンパク質を取ることです。朝、太陽に当たることで体内時間が調整され、ストレス解消にもなります。自粛過剰はよくありません。マスクをして三密を避けながら散歩するのは、長期戦を乗り切る上で有効です。
 日々がつらいと感じる人には人の身になって考えてみることを勧めます。皆つらいかもしれません。離れて暮らす家族や友人、知人に電話や手紙で連絡してみてはどうでしょうか。相手はうれしいでしょうし、連絡した人も幸せホルモンが出て、うつ防止に役立ちます。
 人に会う機会が減り、一人で過ごす時間が増えました。孤独ですが、チャンスでもあります。一人時間をうまく使えば、なりたい自分、新しい人間にモデルチェンジできます。「もう少し面白く生きてみよう」とか「もっと挑戦しよう」とか。一人一人が生き方を変えれば、社会や国は変わります。
 コロナ以前、僕たちの国は、少しずつ悪くなっていました。国連の世界幸福度ランキングでも、順位が徐々に下がってきていました。気になるのが、人生の選択の自由度の低さです。本当に自分のやりたいことを選んできたのかどうか。コロナを機に、立ち止まって考えてみたらいいと思います。
 この国では最近、社会的寛容さも失われています。コロナ禍の中でも、感染者に対するバッシングが各地でありました。バッシングする人間はゼロにはできません。だから、バッシングはスルーして、その二倍、三倍の人が、優しく温かい言葉を掛ければいいんです。
 コロナを乗り越えた先の時代を僕は、ビヨンドコロナと呼んでいます。単にコロナ前に戻るのではない。コロナはつらかったけれど、それを越えたら、元気で面白い国になったと思えるようになればいいですね。
 ビヨンドコロナの気配は既に見えています。僕の住んでいる信州では、大都市から移住してくる若者が増えました。ウィズコロナの苦しみの中に希望の種はあり、芽を出し始めているように感じます。(聞き手・越智俊至)

<かまた・みのる> 1948年、東京都生まれ。諏訪中央病院名誉院長。原発事故被災者への医療支援にも取り組む。『コロナ時代を生きるヒント』『それでも、幸せになれる』など著書多数。

◆想定外が可能性生む 東京工業大准教授・伊藤亜紗さん

 一年前、緊急事態宣言でステイホームした時は、時間感覚も空間感覚も不安定になりましたよね。私は植物が気になり、ひたすら絵にしました。そういう人はけっこういたみたいです。
 認知症の樋口直美さんと以前話したことが参考になりました。これまでは「引き算の時間」。先に予定があり、そこから逆算した現在を生きていた。予定がコロナでパーになって引き算は不可能に。そこで初めて「足し算の時間」に気付いた。現在からできることを少しずつ積み上げていく。それで植物の成長が目に入るようになったのだと。
 それから一年。ワクチンができて、病気だった人類は治り始めています。希望が見えてきたようですが、そもそも治るとは何かということを考えたい。
 簡単に定義すれば自分の輪郭を定めること、病気によって揺らいだ自分の形を取り戻すことだと思います。ただ、障害や病気の人を研究してきた経験で言うと、治るって複雑なのです。
 精神疾患で幻聴があるとして、その幻聴は自分なのか、自分ではないのか。幻聴のない自分を取り戻すことが治ることと言う人がいれば、幻聴と一緒に生きていくと定めることが治ることだと言う人もいる。人によって自分の輪郭は違っている。
 ではウイルスは敵か。もともとウイルスは人間のような高等生物から分離してできたもの。人間の分身的な存在であり、単純にウイルスを排除することが治ることだとは言えない。排除する力だけを推し進めることが、将来的には治ることにつながらない可能性もある。
 一見、迷惑な存在だが、それをも自分なのだと含み込んだ新しい自分の輪郭。それを考えるかどうかというところに私たちはいます。
 そんな時代に必要なのが「足し算の時間」の発想。人を支配したがる計画的、引き算的発想を離れて人間を信頼する。想定外を含み込んだ想像力です。
 私は今、「利他」を研究テーマにしています。他人のためと言いながら、利他はしばしば他人のコントロールにつながりました。本当の利他は、思い通りにならない、分かり得ない他人のためにスペースを用意した器になること。そこで初めて、他人の可能性が見えてくる。自分が変わる可能性も出てくる。分からなさから引き出される可能性こそが希望なのだと思います。 (聞き手・大森雅弥)

<いとう・あさ> 1979年、東京都生まれ。専門は美学、現代アート。『どもる体』『記憶する体』(サントリー学芸賞)など著書多数。近著は『「利他」とは何か』(編著、集英社新書)。

◆女性の声で社会変化 小説家・星野智幸さん

 コロナ禍では、貧困や格差の拡大など社会の脆弱(ぜいじゃく)な部分が覆い隠しようもなく、露出しました。健康被害や経済の停滞で、今まで無関係だと考えていた人にも突然降り掛かり、目をそらせないレベルで可視化されてきたと思います。
 多くの実例が語られ、身近な問題だと感じられる人が増えれば、改善につなげる機会にはできます。社会を変えるために重要なことは「最悪」を考えること。現実の最悪も特例とはとらえず、背後に普遍的な理由があると考えるべきです。二〇〇八年のリーマン・ショックや一一年の東日本大震災が大きな転機でしたが、二十一世紀は、最悪から目をそらすように物事が進んでいる気がしてなりません。
 震災時も当初は、噴き出した問題を解決しようという気持ちが社会全体で共有されていたのが、次第につらくなり、目をそらしてしまいました。放置された問題が再び浮き彫りになってきたのではないでしょうか。
 強いストレスを感じた際は、負けずに頑張ろうという思いと、ネガティブになってしまう気持ちの両方があるでしょう。一二年ごろから急速に広まったヘイトスピーチは、社会のストレスが暴力として悪い方向へ解放されたと思います。経験から学び、負の側面に身を委ねてしまう恐れが自分にもあると意識し、抑えることが必要です。
 私がディストピア小説を多く書いてきたのは、最悪を誇張し、別の道を選んでほしいから。コロナ禍で横行した「自粛警察」は、正義を掲げた自警団が暴走する拙作『呪文』のようでした。世の不安が飽和すると、肥大した正義感にとらわれすぎ、根拠のない大きな「流れ」やデマゴーグに皆がさらわれていくのではないか、と危惧します。
 この不自由な生活はまだ続きますが、やがて大きな価値観の変化が生まれるはず。元に戻るのではなく、新しい道をつくって前に進むチャンスです。
 希望の一つは、女性の力。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の女性蔑視発言は以前なら辞任にまで至らなかったはずです。女性が声を上げ続けていることで、社会が少しずつでも変わっていると実感します。こうした成功体験を重ね、さまざまな問題で声を上げれば変わると確信することで、今を新たな社会をつくるターニングポイントとしたいですね。 (聞き手・清水祐樹)

<ほしの・ともゆき> 1965年、米国生まれ。新聞記者を経て作家活動を開始。『俺俺』で大江健三郎賞、『焔(ほのお)』で谷崎潤一郎賞を受賞。最新作は『だまされ屋さん』。 


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