ランドセルで笑顔に 震災機に福島進出の羅羅屋 孫との別れを経験した社長「被災者、人ごとと思えず」

2021年4月7日 07時41分

「福島をランドセル作りの聖地にしていきたい」と話す安東社長=川口市で

 「ララちゃんランドセル」で知られる川口市のランドセルメーカー羅羅屋(ららや)は、福島県会津若松市に置く工場で商品のほとんどを生産する。縁もゆかりもない土地へと導いたのは、十年前の東日本大震災だった。安東裕子社長(71)は「福島をランドセル作りの聖地にしたい」と夢を描く。 (近藤統義)
 「購入したランドセルが津波で流されてしまった」。安東さんは二〇一一年三月の震災直後、こんな相談が被災地から寄せられたのを覚えている。入学式まで時間がない。急いで同じ商品を作り直し、避難所の子どもたちに送り届けた。
 同社はランドセルの販売会社として、一九七四年に創業。「羅羅」は「希少なもの」を意味するイタリア語からとった。川口の本社工場で九九年から本格的に自社生産を始めると、社名の通り業界に先駆けた商品を次々と生み出してきた。
 その一つが、今では各社が取り組むようになったオーダーメードだ。本体の色や大きさからポケット、糸の色まで選べ、組み合わせは百七十億通り以上。「世界に一つだけのランドセル」をうたう。
 震災があったのは、ちょうど増産に向けて新たな工場用地を探していたころ。安東さんは地震や津波で家族を失った人たちの悲しみにニュースで接し、自らの過去を重ね合わせた。
 二〇一〇年七月、四歳だった孫を事故で亡くした。展示会でランドセルを背負い、元気に走り回っていたのに…。「いつもそばにいた人と突然会えなくなったら、どんな気持ちなのか。それが分かるので、人ごととは思えなかった」
 震災で職を失い、東京電力福島第一原発の事故で風評被害に苦しむ人がいることも知った。「何か役に立てれば」とすぐに福島県に連絡し、紹介されたのが会津若松の工業団地だった。

ガラス張りの会津若松工場。地元の観光スポットになっている=福島県会津若松市で(羅羅屋提供)

 新工場は一二年八月に稼働し、製作の風景が見学できるガラス張り。年間一万人が訪れる人気の観光スポットになっている。二十〜三十代が中心の従業員約九十人はほぼ地元採用で、雇用にも貢献している。
 来年の新入生を対象にしたランドセル商戦は早くも始まっているが、コロナ禍で様変わりしている。同社はランドセルに抗ウイルス・抗菌加工を施し、密を避けるための青空展示会や自宅で試しに背負える貸し出しサービスなどを展開。子どもたちの学校生活を支えるランドセルを安心して選べるよう、工夫を凝らしている。
 その拠点となる福島へ、いずれは本社を移すつもりの安東さん。「多くの人に助けられ、ここに定着できた。子どもたちが笑顔になれるランドセルを作り、福島に恩返ししていきたい」という。

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