SOS聞き入れられず…名古屋入管で亡くなった33歳スリランカ人女性 「助けてあげたかった」支援者の無念

2021年4月7日 17時00分
 英語講師になることを夢見て来日したスリランカ人女性(33)が先月6日、名古屋出入国在留管理局(名古屋入管、名古屋市港区)の収容施設で亡くなった問題は、法相が調査を指示するなど波紋が広がっている。仮放免後の住まいを提供しようと、面会を重ねた愛知県津島市の真野明美さん(67)は「助けてあげたかった」。女性のSOSは最後まで聞き入れられず、長期収容など入管制度の抱える課題が浮かぶ。 (豊田直也)

ウィシュマさんが使う予定だった部屋で用意していた衣服を広げ、入管施設での面会の様子を振り返る真野明美さん=3月26日、愛知県津島市で

 「娘を迎えるような気持ちで、楽しみにしていた」。シンガー・ソングライターの真野さんは、仮放免が認められれば提供しようと考えていた自宅の1室で、着物の生地でつくった洋服を広げた。本人から「着物を着てみたい」と聞き、自らの手で仕立てたという。
 女性はラスナヤケ・リヤナゲ・ウィシュマ・サンダマリさん。支援者から「ウィシュマさん」と呼ばれていた。名古屋市の支援団体「START」によると、2017年に来日。母国からの仕送りが途絶えて学費を払えず千葉県内の日本語学校を退学、在留許可を取り消された。不法残留が発覚し、昨年8月から名古屋入管に収容されていた。
 真野さんは、スリランカ料理を作るために調理器具を新調し、ジャガイモを畑に植えた。だが、仮放免は認められず、ウィシュマさんを迎えられなかった。

ウィシュマさんが真野明美さんに送った手紙

 2人の出会いは昨年12月。STARTから依頼を受けた真野さんは仮放免の申請に協力するため、毎週のように面会を重ねた。
 ウィシュマさんは「日本で子供たちに英語を教えたい」と語り、最初は笑顔を見せていた。だが、次第に体調が悪化。消化器官の調子が悪いのか「食べても吐いてしまう」といい、面会時も嘔吐おうとに備えてバケツを抱え、車いすで現れるように。「早く出たい」と願いをつづった手紙が残る。
 先月3日の面会時、ウィシュマさんは車いすから体を起こせないほどに衰弱していた。「素人目にも脱水症状で命の危険が分かった」。帰り際に絞り出した「ここから連れ出して」という訴えが、最後となった。
 真野さんはSTARTのメンバーと、ウィシュマさんに入院など適切な医療を受けさせたり、直ちに仮放免を認めたりすることを入管側に求めていたという。
 これに対し、名古屋入管は2月5日と3月初めの2度、外部の病院を受診させたとし「重篤ではないと診断された。医師の診断に従って、適切に対応していた」と説明。上川陽子法相は「死亡の経緯や対応状況などの事実関係を速やかに調査する」としている。

◆仮放免の可否、不透明な判断基準

 ウィシュマさんの収容は半年を超えて長期化し、仮放免の2度目の申請中だった。申請を手伝っていたSTARTの松井保憲顧問(66)は先月26日、東京の日本外国特派員協会で記者会見し「入管は衰弱する彼女を救済するのではなく、追い返すことしか考えなかった」と批判した。
 仮放免の可否は入管当局が決めるが、出入国在留管理庁は「諸般の事情を総合的に勘案して判断する」と説明しており、判断基準は不透明だ。入管施設への収容期間に上限はなく、入管当局の裁量で決められる。
 各地の入管施設では収容者の死亡例も相次ぎ、2010年以降で14人に上る。
 国連人権理事会の作業部会は昨年8月、日本の入管難民法を「司法の審査なしに収容を認めており、仮放免の決定にも行政府に無制限の裁量を与えている」と批判、見直しを求めた。
 政府が今国会に提出している改正案は、条件付きで収容を解く監理措置の新設や、難民申請中でも送還できるようにすることが柱。司法の判断を経ずに収容が決まる手続きなどは見直しの対象になっておらず、課題は残ったままだ。

関連キーワード

PR情報

社会の新着

記事一覧