藤子不二雄(A)さんも涙…“神様”手塚治虫のトキワ荘時代がよみがえる マンガミュージアムで企画展

2021年4月8日 06時41分

企画展「トキワ荘と手塚治虫」の会見に出た藤子不二雄(A)さん(左)と松谷孝征社長(中)、高野之夫区長=いずれも豊島区で

 「漫画の神様」と呼ばれる手塚治虫(一九二八〜八九年)の作品やエピソードを、手塚が暮らした豊島区の木造アパート「トキワ荘」を切り口に紹介する企画展「トキワ荘と手塚治虫−ジャングル大帝の頃−」が七日、区立トキワ荘マンガミュージアム(南長崎三)で始まった。代表作の直筆原稿など、貴重な資料を展示している。 (中村真暁)
 ミュージアムによると、手塚が暮らしたのは五三年初旬からの二年弱で、同時期にトキワ荘に住んでいた漫画家は寺田ヒロオだけだった。この場所が後に漫画家の梁山泊(りょうざんぱく)と呼ばれるようになり、手塚は自らのトキワ荘時代を「トキワ荘前史」と呼んでいたという。

「ジャングル大帝」最終回の直筆原稿を並べる企画展

 企画展では、手塚が都内へ進出するまでの流れや、トキワ荘前史のエピソード、転居後も続いた漫画家たちとの交流などを伝える。
 直筆原稿では、代表作「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「火の鳥」などを展示。雑誌「少年画報」で連載した少年漫画「サボテン君」など、公開されることが少なかった作品もある。「ジャングル大帝」の最終回のコーナーでは、漫画家の藤子不二雄(A)さんが吹雪を描く手伝いをしたエピソードを紹介している。
 ミュージアムで開かれた六日の会見に出席した藤子さんは、最終回を手伝った当時を回想。手塚がかけたチャイコフスキーの交響曲第六番「悲愴(ひそう)」のレコードが部屋中に鳴り響いていたとし、「一人ずつ倒れていく(悲劇的な)ラストシーン。涙が出て止まらなくなったのを覚えている」と振り返った。

トキワ荘時代のエピソードを紹介する藤子不二雄(A)さん

 手塚プロダクションの松谷孝征社長は、企画展初日の七日は、鉄腕アトムの誕生日(二〇〇三年四月七日の設定)だとし、「ここに手塚がいたなら、(企画展を)すごく喜んだだろう」と話した。
 企画展は区が主催し、八月九日まで。月曜休館(祝日の場合は翌平日)。観覧料(グッズ付き)は大人五百円、小中学生百円。予約優先で、予約はミュージアムのホームページから。
 問い合わせは、トキワ荘マンガミュージアム=電03(6912)7706=へ。

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