落語協会 春の新真打ち 弁財亭和泉 春風亭柳枝

2021年4月9日 07時17分
 今春、落語協会に五人の真打ちが誕生し、お披露目の興行が東京都内の寄席で開催されている。個性派ぞろいにあって、三遊亭粋歌改め弁財亭和泉(44)は、自ら手掛ける明るく前向きな新作が評価されている。通好みの名跡を継承した春風亭正太郎改め九代目春風亭柳枝(39)は古典の道をひたむきに進む。長引くコロナ禍での門出だが、二人の新たな道は−。 (ライター・神野栄子)

◆弁財亭和泉「新作に感性光る」 会社員経験生かしアンテナ広く

弁財亭和泉

 弁財亭和泉は東京・新宿末広亭のトリをつとめた披露興行初日(今月一日)、男性新入社員の社内研修をテーマにした新作「プロフェッショナル」を演じ、客席を爆笑させた。
 日常の中で、目に飛び込んできた「何か変」と疑問に感じたことをかみくだいて一席に仕立てている。気になる言葉やフレーズは携帯電話にメモするなど、いつでもどこでも新作づくりに備えている。
 専門学校卒業後、七年勤めた会社では人事課に在籍。「自分が表現できる仕事をしたい」と二十八歳の時に退職。東京の下町育ちということもあり「体の中に落語の雰囲気が漂っていた」と噺家(はなしか)の道に進んだ。
 二つ目に昇進直後、転機が訪れた。新作派の大家、三遊亭円丈の著書との出合い。「落語を知るためには落語を作ることだ」との記述に感じ入り、古典と並行して創作を始めた。その数、十年間で約七十席。会社員経験をヒントにした「影の人事課」は特に好評だ。
 夫は二〇一七年に真打ち昇進した柳家小八(44)=写真。初の「真打ち夫妻」となった。古典の正統派を目指す夫と芸風は異なるが「互いの芸を認め合い、尊重し合う」という。四歳の子どもを育てながら、二人で精進を重ねる。
 アンテナを広く張って、世の中を見詰める。子連れ出勤を題材にした最近の一席「働き方の改革」も好評だ。「旬が過ぎても寄席で披露できる作品が理想。物語と筋の展開で笑わせたい」と見据える。
<べんざいてい・いずみ> 1976年、東京都墨田区出身。2005年、三遊亭歌る多に入門、「三遊亭歌すみ」。09年二つ目、「粋歌」に改名。真打ちに昇進し「弁財亭和泉」に。

◆春風亭柳枝「古典の道まい」 進襲名にも浮かれず 正統派の志を

春風亭柳枝

 本格的な古典の道を志す男は、落語通が喜びそうな名跡「春風亭柳枝」を九代目として襲名した。八代目(一九〇五〜五九年)=写真=は丁寧な物腰の芸風で知られた。その名跡の六十二年ぶりの復活に「(名が)身の丈に合うのは、死ぬ頃かもしれません。頑張ります」と精進を誓う。
 中学三年の時、学校の文化祭で初めて落語を演じ、明治学院大時代は落語研究会で活躍。卒業後は塾講師などもしていたが、プロの夢を諦めきれず、大学の先輩でもあった春風亭正朝の門をたたいた。「師匠は噺の了見から技術的なことまで、あらゆることを手取り足取り教えてくれた。僕にはこの指導法が合っていた」と振り返る。
 無理にギャグを入れたりせず、古典の薫りや懐かしさを残す。「古典をやる以上、『大事なせりふは変えるな。それが落語の美学であり哲学』と徹底的に教わりました」。師匠の言葉を肝に銘じ、正統派の高座を貫いている。
 約百五十席ほどの演目を誇るが「まだまだ少ない。九代目柳枝をつくるというより、自分の落語の幅を広げる方が先」と浮かれることはない。「五十、六十代になって芸を確立し、若手に稽古を付けてあげられるような噺家になりたい」。いつも堅実で誠実だ。
 長引くコロナ禍での真打ち昇進について「僕にも役割があると思う。お客さまがホッとできるような癒やしの一席を届けられればうれしいですね」。寄席の高座を大切に地道に歩む。
<しゅんぷうてい・りゅうし> 1981年、東京都目黒区出身。2006年春風亭正朝に入門、「正太郎」。09年二つ目。今春、真打ち昇進とともに「九代目春風亭柳枝」襲名。

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