<社説>ネット上の中傷 人権守るための知恵を

2021年4月9日 07時25分
 会員制交流サイト(SNS)に、プロレスラー木村花さんを誹謗(ひぼう)中傷する書き込みをした投稿者が刑事処分を受けた。ネット上で広がる言葉の暴力を止めるため、官民が取り組むべき課題は多い。
 立件されたのは二十代と三十代の男性二人。木村さんが昨年五月に亡くなる前、ツイッターで「いつ死ぬの?」「きもい」などと中傷を繰り返したとして侮辱罪で略式起訴され、いずれも科料九千円が命じられた。
 もちろん氷山の一角だ。警察が確認した中傷の投稿は約三百件に上るという。被害者が刑事責任や民事上の救済を求めるには、現行の仕組みでは高い壁がある。
 匿名のネットではまず投稿者の特定から始まる。SNS事業者は通常、利用者の氏名や住所などの情報を持っておらず、投稿時の通信記録からたどらなければならない。事業者とプロバイダー(接続事業者)の二段階で情報開示請求の手続きを要する上に、事業者はすぐには開示しないため、多くは裁判手続きに持ち込まれる。
 ツイッターなど海外事業者だとさらに長期化し、費用もかさむ。通信記録は通常、数カ月しか保存されず、手間取るうちに証拠は消える。過大な負担に、泣き寝入りするケースが多いのが実態だ。
 侮辱罪の時効は一年と短い。
 今回、SNS事業者が通信記録の開示にもっと協力的であれば、捜査は速く進み、立件対象ももっと多かったはずだ−。木村さんの遺族や弁護士の指摘は重い。
 情報開示や通信記録の保存について裁判外の新たな手続きを導入するプロバイダー責任制限法の改正案が今国会で審議中だ。これでネット上の中傷が減らせるのか、運用開始後も検証が必要だ。
 科料九千円という処分を疑問に思う人も多いだろう。侮辱罪は明治時代から変わっておらず、「拘留または科料」とする侮辱罪の法定刑は、刑法の中で最も軽い。
 死に追いつめるほど人格を深く傷つける結果に対し、妥当な刑罰なのか。時効期間も含めて、法務省のプロジェクトチームで議論が進んでおり、注視したい。
 匿名性、拡散性の高いネットの世界で、誹謗中傷やヘイトスピーチがもたらす被害は甚大だとしても、過剰な規制で「表現の自由」を不当に制約してはならない。
 人権侵害である中傷を防ぎ、減らすことと、表現の自由をどう両立させるのか。難しい課題だが、健全な言論空間を保つために官民がともに知恵を絞りたい。

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