もう死んでいる十二人の女たちと パク・ソルメ著

2021年4月11日 07時00分

◆突然の暴力毅然と向き合う
[評]小林エリカ(作家)

 女たちが突然の暴力や不幸にみまわれることがある。私たちはどうにかしてそこに無理やりにでも原因や物語をなんとか探しだそうとしてしまう。たとえばもっと努力をしていればこんな風にはならなかったのではないか、とか。けれど、この作品を読んでいると、そこにはなんの因果もありはしない、という恐ろしくもあたりまえの事実があることを眼前に突きつけられて震撼(しんかん)する。
 カラオケ店でひとり歌を歌っていた女が、闖入(ちんにゅう)してきた男に殴られ、歌うことを強制された挙(あ)げ句<一生けんめい>歌うまで殴り続けられる恐怖に晒(さら)される「そのとき俺が何て言ったか」にはじまり、殺された十二人の女たちが死人である犯人の男をもう一度殺そうとする表題作まで続く、八篇の短篇集。
 突然の暴力や不幸にみまわれるのは、しかし女たちばかりではない。たとえば、原子力発電所の事故、たとえば、資本主義社会で起きる摩擦、たとえば、政治的な出来事。
 けれどこの作品群の凄(すご)さは、そんな暴力や不幸に対して、それでもそこに毅然(きぜん)として向かい合おうとする姿勢を少しも崩さないこと。そこに抗(あらが)うことはできなくとも、目を瞑(つぶ)ったり、見ないふりをするのではなく、大きく目を開けて見つめようとすること。
 過去は、歴史は、事件は、起きてしまったことは、もう覆すことはできない。
 けれど、作者はそれでもそれをなかったことにせず、一方で何もかもをわかったふりをすることも、正しさで裁こうとすることも、決してしない。ただ、それをまっすぐに見つめ、そこに感じる違和感や距離の遠さまでを、奇妙で真摯(しんし)で誠実な文体(とその素晴らしい翻訳)で、書き記そうとする。
 だからこの作品たちは、ときに空想世界を描くものでありながらあまりにも身近で切実で、現実の事件(福島の原子力発電所事故や、光州事件やソウルで起きた江南駅殺人事件を思わせるもの)や事象を扱いながらも私たちをどこまでも遠い思考の奥底へまで連れて行ってくれる。
(斎藤真理子訳、白水社・2200円)
1985年、韓国・光州広域市生まれ。作家。2009年、長編「ウル」でデビュー。

◆もう1冊

池田澄子著『池田澄子句集 たましいの話』(KADOKAWA)

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