表現の自由放棄は「民主主義の自殺」…仏風刺週刊紙・シャルリエブド元編集長インタビュー 教師殺害テロから半年

2021年4月11日 06時00分

3月下旬、パリ市内の自宅で、表現の自由の意義について語るシャルリエブド元編集長のフィリップ・バル氏=谷悠己撮影

 フランスのパリ郊外で、風刺週刊紙「シャルリエブド」が掲載したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を授業で扱った中学校教師が殺害されたテロ事件から間もなく半年。過激な表現法で賛否を分けてきた同紙の元編集長フィリップ・バル氏(68)が本紙のインタビューに応じ、被害教師が生徒たちに伝えようとした「表現の自由」を守ることの意義を強調した。(パリ・谷悠己)

 仏中学教師殺害テロ昨年10月16日、シャルリエブドの風刺画を社会の授業で扱ったパリ郊外の中学校教師サミュエル・パティさん=当時(47)=が首を切られて殺害された。実行犯は当時18歳のチェチェン系ロシア人の男で、警察に射殺された。マクロン大統領はパティさんの国葬で、宗教の冒瀆ぼうとくを含む表現の自由を擁護。トルコなどが反発し、仏製品の不買運動が起きた。仏政府は12月、テロリストの芽を摘むためとして宗教団体の活動を取り締まる法案を閣議決定した。

◆風刺画を攻撃「敵意芽生えさせる口実」

 「あってはならない悲劇。とてつもない衝撃を受けた」。殺害された教師を思い、バル氏が顔をしかめた。
 事件は、かつての同僚ら12人が亡くなった2015年1月の同紙本社襲撃テロ事件の公判が続いていた昨年10月に発生。初公判に合わせ同紙が襲撃の引き金になったムハンマドの風刺画を再掲載したことで、偶像崇拝を禁じるイスラム教の過激派組織の一部が風刺画を拡散させた者への報復を呼び掛けるファトワ(宗教見解)を出したことが背景にあるとされる。
 実行犯の男は、ある生徒の父親が会員制交流サイト(SNS)に投稿し、教師が風刺画を授業で扱ったことを批判した動画を見ていた。バル氏は「イスラム原理主義者たちは敵意を芽生えさせる口実として、風刺画を攻撃する。私の時と同じだ」と振り返る。

◆断続的な殺害予告、今も続く警護

 バル氏は本社襲撃当時は同紙を離れていたが、06年にムハンマドの風刺画を初掲載する判断を下した。欧米諸国でイスラム過激派のテロが頻発していた時期。「イスラム教全体ではなく民主主義の形を変えようとする一部の原理主義者を批判する意図だった」
 バル氏によると、左派的な傾向がある同紙は伝統的に「反差別」「移民擁護」の立場だが、一部のイスラム系団体から「宗教に対する差別だ」として侮辱罪で告訴された。公判で裁判所が「風刺画は表現の自由の範囲内」と認め無罪となったが、バル氏はこの時から現在まで断続的に殺害予告を受け、治安当局による警護が続いている。
 それでも同紙がムハンマドの風刺を続ける理由には、18世紀末のフランス革命がもたらした「ライシテ」と呼ばれる政教分離の原則が関わっているという。

◆根付く宗教への「批判」精神

 バル氏は「革命で、王室の権力と結び付いたカトリックを排除する形で法律や文化、言語が再構築されたため、フランス人には宗教への批判精神が根付いている」と指摘。一方で「批判の対象は宗教自体ではなく、宗教的な言説や神の名の下に行われる活動が仏国内法よりも優先されるという考え方だ」とも強調する。
 同紙も1970年の創刊当初から90年代まではカトリック厳格派への風刺が多かった。バル氏は「社会的関心が高い問題が宗教に関係しているならば、キリスト教だろうがイスラム教だろうがためらわず風刺画を描くべきだ」と話す。
 被害教師の国葬でマクロン大統領が風刺画を擁護する発言をしたことで、イスラム諸国では激しい反仏運動に発展。テロの連鎖が懸念される事態になった。それでもバル氏はこう語る。「ある宗教の悪習を『リスクがあるから』といって批判しなくなったら、それは民主主義の自殺だと思う」

 フィリップ・バル 劇作家やコラムニストとして活動後、別の風刺紙を経て1992年にシャルリエブドへ編集長として加入。10年間発行されず消滅の危機にあった同紙を再建した。06年2月8日付紙面の発行により侮辱罪でイスラム系団体に告訴されたが、公判では表現の自由の範囲内と認められ無罪となった。2009年に同紙を離脱後、14年まで公共ラジオ局の編成責任者を務めた。現在は作家として活動する。

関連キーワード

PR情報

国際の新着

記事一覧