休業補償拡大へ、首相に直談判 パート女性「訴え続けたことで前進」<コロナ禍 どう守る 仕事 暮らし>

2021年4月11日 06時00分

菅首相に手渡した手紙のコピーを見つめる小川さん=首都圏で

 長引く新型コロナウイルス禍で、多くの非正規の働き手が休業補償を受け取れないケースが後を絶たない。窮状を変えようと声を上げる人たちがいる。国に休業補償の拡充を求め、今年1月に菅義偉首相に直談判したパート女性もその一人。その声が政治を動かす一因になっている。(岸本拓也)

◆シフト減らされても手当ほぼなし

 1月29日夕方の首相官邸の応接室。小川真理恵さん(35)=仮名=の真ん前に菅首相が座っていた。非正規労働者ら6人の声を首相が直接聞くための非公開の面会。立憲民主党の求めで開かれ、小川さんは同党議員の紹介で参加した。
 「私は飲食の全国チェーンでパートとして働いています」。最初に話をした小川さんは緊張しながら切り出した。昨年4月の緊急事態宣言で休業を迫られ、その後も勤務シフトを減らされた。しかし会社から休業手当はほぼ出ず、大企業なので国から直接支給される「休業支援金」も出ない窮状を説明。「何とか休業支援金の対象に大企業非正規もお願いします」と訴えた。手紙も渡した。

◆事実上の見直し表明したのに…

 出席者全員の話が終わると、菅首相は「国として何ができるか検討する」と言った。事実上の見直し表明だった。わずか6日後の2月4日、首相は休業支援金の対象に大企業非正規も加えると国会で表明。小川さんも胸をなで下ろした。
 しかし翌日に厚生労働省が発表した内容にがくぜんとした。対象期間を今年1月8日以降の休業に限っていたのだ。多くの人が長期休業を強いられた昨年分は対象外。憤りを感じた小川さんは立憲民主党の会合で「多くの人を救済するため早急に改善を」と訴えた。

◆「声上げること、後ろめたくない」

 訴えに与野党も同調、国会で政府をただすと、2月12日に昨年4~6月分が対象に追加された。「十分とは言えないけど、訴え続けたことで少し前進した実感もある。社会に声を上げることは後ろめたいことでも悪いことでもない」と小川さん。その後も生まれて初めてデモに参加するなど闘い続ける。
 1年前まで、国会も労組も遠い存在と思っていた小川さんを突き動かす背景には、女性や非正規を差別する理不尽な企業社会への憤りがあった。
◇◇◇◇

◆「困っているのは私だけじゃない」

記者会見で休業手当が支払われない窮状と理不尽さを訴える小川さん(右)=東京都千代田区で

 菅義偉首相に直談判した小川真理恵さん(35)=仮名=は、コロナ禍であらわになったさまざまな「理不尽さ」と闘い続けてきた。
 東京証券取引所1部に上場する大企業が運営する首都圏のカフェチェーンでパートで働く。住宅ローンを抱え、夫は単身赴任中で生活費が2重にかかる。2人の幼い子どもを1人で世話しながらも働く必要があった。「女性は家庭を支えるもの」という価値観への反発もあり誇りを持って仕事に打ち込んできた。職場は正社員の男性店長が1人で、残りはパートやアルバイト。小川さんはホールやキッチンだけでなく店長の代理業務までこなし、「パートも社員も対等な関係にある」という自負があった。

◆パートも社員も対等、幻想だった

 しかし、コロナ禍はそれが「幻想」だったことを突きつけた。昨年4月の緊急事態宣言で店は5月末まで休業。非正規パートは4月分の休業手当がわずかに支払われたのみ。店長に5月分の補償について、メールで聞くと「0です」とだけ返ってきた。正社員は休業手当が全額払われていた。

昨年5月の休業補償について問い合わせた際のやりとり。店長からは「5月分は0です」と短い回答があった

 「なぜ非正規は休業補償されないのか」。小川さんは昨年6月に同僚らと、個人で入れる労働組合「首都圏青年ユニオン」に入り、会社と団体交渉を始めた。
 だが、幹部は「金をくれと言えば、もらえると思うのは甘えだ」と突き放した。「こんな会社に何を言っても無駄」。仲間らは次々職場を去った。ストライキも行ったがなしのつぶて。
 「私も辞めよう」。昨年暮れ、とうとう1人になった小川さんの心が折れかかった時、別の店舗で働くパート女性からユニオンを通じ電話があった。「自分は声を上げることはできないが、応援しています」。面識もない女性は話した。「困っているのは私だけじゃない。もう少し頑張ろう」。気持ちを奮い立たせた。

◆声を上げれば誰かに響く

 年明けから小川さんはユニオンの仲間と、政府や国会議員らに非正規労働者の支援を訴える活動を始めた。それを知った立憲民主党などの働き掛けで、菅首相との面会へとつながった。声を上げ続けたことで、政治や制度が動くのを間近に見ることもできた。
 小川さんは現在、週1回に減ったままのパートを続ける傍ら、3月からユニオンでも働き始めた。自分と同様悩む働く人を支えたい気持ちが芽生えていた。
 声を上げれば、誰かに響く。「声を上げることで、一人でも賛同してくれたら、社会全体が健全な方向に向かってくれるんじゃないか」。小川さんは今そう思っている。

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