週のはじめに考える 文芸家からの「贈り物」

2021年4月11日 15時31分
 春たけなわです。といっても、気軽に外出もしにくい今、自宅ででも楽しめる文芸の話題をお届けします。四月十一日は、この国の歴史に特筆される文芸家の誕生日だからです。しかも、三人も。
 まずは一九〇三(明治三十六)年生まれの橋本夢道(むどう)。俳人ですが、花鳥風月をめでるような作風とはまるで異なります。五・七・五の定型をはみ出した自由律俳句で、厳しい作品を多く残しています。
 <子ら問う巡査がなぜこんなに従(つ)いてゆくメーデーなの>
 人々の思想を統制し、圧政を推し進める国への強烈な批判です。

◆気骨の俳人のユーモア

 反体制の創作を続けた夢道と仲間は四一年、悪名高い治安維持法違反の容疑で、逮捕されました。いわゆる昭和俳句弾圧事件です。
 思想を転向すれば釈放と言われても信念を曲げず、投獄は二年に及びます。苦しい日々の支えは、ひそかに続けた句作と読書、愛妻からの励まし、そして獄の中でも忘れないユーモアの心でした。
 <みつまめをギリシャの神は知らざりき>という句をご存じの方も多いでしょう。昭和の初期、東京・銀座の甘味屋さん「月ヶ瀬」を大人気にした有名な宣伝。その作者こそは夢道だったのです。
 批評精神にあふれた気骨の俳人は一方で、朗らかな笑いを生み出す才能の持ち主でもありました。先の見えにくいコロナ禍で人々の顔もつい暗くなりがちな今、心に刻みたい表現者です。
 神といえば、かつて「批評の神様」と尊敬された人がいました。夢道の一年前、〇二年の同じ日に生まれた小林秀雄です。文芸から歴史、哲学、芸術と奥深い教養を土台にして、ものごとを突き詰めて考え抜くこと、つまり「思索」の重要性を示した人でした。
 ネットの普及などで私たちを取り巻く情報は爆発的に増え、何が事実かうそか、不透明になりがちです。そんな中、自分で考え判断するよう説く小林の著作は、重みと輝きをさらに増すようです。

◆「批評の神様」と思索

 その小林にも、さすがに時代の違いを思わせる文章があります。五九年発表の「常識」(文春文庫「考えるヒント」収録)です。
 ある研究所へ小林が友人と出かけます。将棋を指す「電子頭脳」があると友人は言いますが、所長にはあっさりと否定されました。この笑い話を踏まえ、小林は書きます。「機械は、人間が何億年もかかる計算を一日でやるだろうが(中略)、あれかこれかを判断し選択しなければならぬ要素が介入して来れば、機械は為(な)すところを知るまい。これは常識である」。けれども今やコンピューターは、将棋でも囲碁でも人間に圧勝する判断や選択の能力を持ちます。
 コンピューターをはじめ神様も知らないものごとに囲まれ、神様とあがめられた人の常識をも覆す世界で生きるのが、私たちです。この先にどんな時代が待ち受けるのか、知ることもできません。
 ですが、前途は決して暗闇ではありません。未来を知るのは無理でも、情報や知識を基に「こんなことが起きるかも」と予想して、備えることはできるのですから。
 たとえば、日本の最大の懸案である福島第一原発の事故。「想定外」ともいわれましたが、発生の五年前、共産党の衆院議員だった吉井英勝さんは、津波による炉心溶融や水素爆発の恐れを、国会で指摘しました。当時の自公政権や東京電力がすぐ対処すれば、事故を防げたかもしれないのですね。
 「もう過ぎたこと」として済ませてはいけません。「次の事故」を防ぐためにも、危険を指摘した人と、無視した人の違いを教訓とする必要があります。
 それは何か。一つ言えることは「想像力」の有無でしょう。自分に見えていないものごとや、まだ気づいていないものごとに思いをはせる、心と頭の働きです。
 それを実に鮮やかな、また印象深い言葉で示した詩人がいます。先に紹介した夢道と同じ年、同じ日に生まれた金子みすゞです。
 「朝やけ小やけだ/大漁だ/大ばいわしの/大漁だ。/はまは祭りの/ようだけど/海のなかでは/何万の/いわしのとむらい/するだろう。」(「大漁」)

◆詩人の鮮やかな想像力

 ある者の喜びが、別の者の不幸の源となる。この世の現実を詩の姿でみすゞは描き出します。原発による電力で豊かな暮らしを満喫する私たちが、子や孫に恐ろしい事故の「ツケ」を残したのに似た構図でしょう。こんな取り返しのつかない事実を心に刻むためにも折に触れて読みたい一編です。
 今のコロナ禍で、外食をはじめ日常の楽しみを失った人は多いと思います。けれども本を開けば、夢道たち先人の書き残した知恵や生き方にいつでも触れられます。いわば文芸家からの「贈り物」。多くの人にとって、それが日々の支えにもなるよう願います。

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