<再発見!伊豆学講座>多様な地蔵信仰 「子授け」「化けて出る」も

2021年4月11日 15時45分

大小の地蔵が並ぶ子育て地蔵=伊豆の国市神島で

 昨年八月二十三日の本欄「持越の石造物調査」でも書いた地蔵の話題をいくつか追加したい。
 伊豆の国市宗光寺に白旗神社がある。そのご神体は石仏で、同地内にあった清生寺に伝わる「愛宕山縁起」にいわれる地蔵と思われる。清生寺の本尊は愛宕地蔵。天平五(七三三)年狩野川をいかだで下る三島明神造営のための木材の上に乗っていたものを勧請したと伝える「愛宕霊験記」(矢田家文書)が残る。
 かつてご開帳の時には大勢の参拝人が集まったという。清生寺は排仏棄釈で廃寺になり、白旗神社に移されたのだろう。
 勝軍(将軍)地蔵と武士階級の結びつきは霊験・利益からして大きい。足利尊氏が弘法大師作と伝えられる地蔵尊を具足櫃(ぐそくびつ)に入れて守り仏としていたと伝えられる。
 同市神島には子育て地蔵がある。縁日は地蔵盆の日だ。寛政十(一七九八)年の「神益中島村絵図」に「小室」「地蔵」とある。旧家に残る史料に「寛永年間(一六二四〜四四年)、子宝に恵まれなかった当主の夢枕に地蔵尊が現れ、地蔵を祭れば子供が授かる(と告げた)」「早速山裾に地蔵を祭ったところやがて子供を得た」とある。
 平成十二(二〇〇〇)年春、県道拡幅工事の際、地蔵の北側にある大木の根元から破損した小地蔵が数百体分出土。約百体を復元し他の地蔵とともに安置した。今では大きな地蔵を中心に四百体の小地蔵が並ぶ。別名「子授けの地蔵」とも呼ばれ、子供のない夫婦が願(がん)を懸けて一体を借り受け、願いがかなうともう一体添えてお礼参りにくるといわれている。
 子育て地蔵は他にも。沼津市井田の妙田寺には元号不詳の子育て地蔵が安置されている。伊豆市牧之郷には、安永年間(一七七二〜八一年)、この地方に悪い病気が流行し、多くの子供が亡くなったので、その霊を慰めるために祭られたと伝わる子育て日切地蔵尊がある。現在のお堂は昭和五十八(一九八三)年に建てられた。子育てや種々の願い事に御利益があり、日限を切って祈願するのが通例となっている。
 祈願成就の「おはたし」にはさらし布ののぼりや布の乳房型、小さな地蔵尊を奉納するならわしがある。毎月二十三日が縁日だが、八月の地蔵盆には子ども相撲が催され、にぎわう。
 一方、住民を困らせたという地蔵もある。三島市中の旧下田街道沿いにある長松庵に手無地蔵が安置されている。昔この地蔵が化けて通行人を驚かしていたという伝承が残る。ある晩、若侍が通りかかると鬼女が現れたので、無我夢中でその左腕を切り落とした。すると翌日地蔵の左手がなかったという。
 「伊能忠敬測量日記」文化十二年五月二日条に「手無地蔵堂、右大将手を切り給(たま)うと申伝え」とある。地蔵堂の中にある手無地蔵は秘仏とされ、六十年に一度の開帳、普段は毎年七月二十三日の祭日に「お前立」(本物に似せた像)を見ることができる。(橋本敬之・伊豆学研究会理事長)

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