普天間返還合意から25年「技術的状況が変化。今こそ日本独自の戦略を」 上智大・宮城大蔵教授に聞く

2021年4月12日 19時16分
沖縄の米軍普天間基地返還問題について話す上智大学の宮城大蔵教授

沖縄の米軍普天間基地返還問題について話す上智大学の宮城大蔵教授

 日米両政府による米軍普天間ふてんま飛行場(沖縄県宜野湾市)の返還合意から12日で25年を迎えた。日本政府は、移設先として名護市辺野古へのこで新基地建設を進めるが、沖縄県側は新基地反対を掲げ、対立し続ける。沖縄県の諮問会議「米軍基地問題に関する万国津梁しんりょう会議」の委員を務めた宮城大蔵・上智大教授に、四半世紀がたった「普天間返還合意」について聞いた。(村上一樹)
 1996年4月、日米による返還合意時に、当時の橋本龍太郎首相は「取り返したぞ、普天間を」と声に出したと言われる。キャッチフレーズを好まない橋本氏だったが、政権発足時には重要課題として「自立的外交」を掲げており、米側の主張を丸のみし、従うことが「対米協調」ではないとの思いもあったのかもしれない。
 一方、当時は自社さ連立政権で、日本は米国の求めに応じ、有事の際の対米協力を可能とするガイドライン(日米防衛協力のための指針)関連法の整備を進めていた。連立与党の反発を抑えるため、橋本氏は普天間返還を一種の「隠れみの」として使っていたとも考えられる。
 来年は沖縄本土復帰50年だが、普天間返還合意はその中間に位置する。復帰50年のうちの25年を費やしたが、政府が辺野古の新基地建設を進められなかったのは、沖縄からの「異議申し立て」とも言える。95年の少女暴行事件を機に、積もり積もった矛盾や放置されてきたことが、政治のレベルで可視化された。
 第2次安倍政権発足以降、政府で辺野古移設を担当してきた菅義偉首相には、自分は「汚れ仕事」をやっており、結果として自分が正しかったということは歴史が証明するはずだ―との思いもあるのかもしれない。ただ、軟弱地盤が見つかり物理的に難しいことが判明した。政府内でも予定通りに建設できると思う人は少ないのではないか。これまでは政治的な問題だったが、技術的にも状況は変わっている。
 米国がバイデン政権になり「米国の戦略はどう変わるか」「辺野古移設に対する要求がどう変わるか」という問いをするよりも、「日本として辺野古をどうしたいのか」を考えないといけない。日本自身の戦略を持つことが求められる。沖縄だけの問題ではない。

 みやぎ・たいぞう 1968年、東京都生まれ。NHK記者として両親の出身地の沖縄で勤務後、一橋大大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。上智大総合グローバル学部教授。専門は国際政治史、日本外交。著書に「普天間・辺野古 歪められた二〇年」(共著)など。

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