<社説>マスターズ優勝 苦難の人々励ます快挙

2021年4月13日 06時47分
 ゴルフの松山英樹選手が四大メジャー大会の一角、マスターズをアジア人で初めて制した。あの大震災の年の初出場から十年。コロナ禍の中、二十九歳が成し遂げた快挙を心から祝福したい。
 勝利の瞬間もガッツポーズをするでもなく、武骨そのもの。しかし、覇者に贈られる伝統の「グリーンジャケット」に袖を通した松山選手は実に堂々としていた。
 マスターズは「球聖」とたたえられたボビー・ジョーンズらが一九三四年に創設した世界最高峰の大会だ。日本勢は戦前から、多くの名ゴルファーが幾度も挑んできたが、四位が最高だった。
 日本人男子初の四大メジャー勝者ともなった松山選手。初めてマスターズに挑戦したのは東日本大震災から一カ月後の二〇一一年四月、東北福祉大(仙台市)二年生の時だった。避難所暮らしを余儀なくされ、練習環境や食事にも苦労した。体重は落ち、一時は出場を断念しかけた。出場を後押ししてくれたのは、被災者からの手紙やメールだったという。
 十年前のその大会で、二十七位と健闘し、見事、日本人初の「ローアマチュア(アマ最高位)」に輝いた。東北への熱い思いはその後も変わらず、プレー結果に応じた復興基金の積み立てを始めた。ゴルフ誌(電子版)によると、松山市出身、現在は米フロリダ州在住の松山選手だが、今も米国の大会では「ヒデキ マツヤマ フロム センダイ ジャパン」と紹介されるという。
 優勝インタビューで、十年前を振り返り、「そのとき背中を押してくれた人たちによい報告ができた」と感謝を述べた。今回の快挙は復興途上にある被災地への最高の恩返しになったことだろう。
 人は、逆境に身を置くと、どうしても下を向きがちになる。苦難の時には、ともすれば、スポーツや文化が「不要不急」の象徴のように扱われることもある。
 松山選手の勇姿に、今月上旬に東京五輪代表入りを決めた水泳の池江璃花子選手を重ねた人も少なくないだろう。白血病による抗がん剤治療から、わずか一年の驚異的な回復に多くの人が感服し、また励まされたはずだ。
 池江選手は「苦しくてもしんどくても努力は報われるんだなと思いました」と口にした。こうしたアスリートたちの挑戦する姿勢や不屈の魂が、コロナ禍をはじめ苦難の時を送る人々をどれほど勇気づけることか。スポーツや文化が「不要不急」のはずはない。

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